未来へ
第51話 未来
エリセイル帝国に騙された国王と宰相を、王太子が断罪しした。
戦争に持ち込んでこの国を乗っ取ろうとしていた三国を、王太子が撥ね退けた。
アントンの武勇伝には、そんな新しい美談が追加された。もちろん、アントン非公認で……。
「嫌だぁ! 俺は国王に何てなりたくない!」
「まぁ! お兄様が国王にならないのなら、誰がなると言うのですか? まさか……」
「……そうだよ、リズベッドがなればいいよ! お前は俺よりずっと優秀なんだから、女王に相応しいよ」
「酷い! お兄様は酷すぎます! ルーお姉様の幸せは望むのに、わたくしの幸せは望んで下さらないのですね?」
「……そんなことは……言ってないような……」
空いた国王の座に誰が就くのか、アントンとリズ様の戦いが繰り広げられている。といっても、毎回リズ様優勢なんだけど。
この言い合いは長引くから執務でもしようかと思っていると、唇の前に人差し指を置いたフィンに腕を引かれて部屋を出た。
「あの兄妹喧嘩は、聞いていても時間の無駄だ」
そう言って中庭に向かって歩き出すフィンの手には、私の手がしっかり握られている。
いつの間にか手をつないで歩くのが当たり前で、一緒にいるのが当たり前になっている。フィンの距離感にも、随分と慣れた。
この手を離したくないと思う、我が儘な欲だって持つほどに……。
夏が近づいているせいで日差しが強く、フィンは木陰の多いイチョウ並木道を選んで歩く。今は青々としているが、秋になれば黄色く色づいて別世界になる。
「臭いのは難ありだけど、秋にも一緒に散歩をしよう」
先の約束は嬉しいけど、フィンは望んで護衛をやっているのではない。フィンが望んでいるのは国境の防衛だ。自分の夢を叶えるために、遠く離れた地に行ってしまう。
一方私は特別相談役はもう辞めたけど、
それに、私のために広場に集まってくれた人達を思うと、国をこのままにはしておけない。私にできることがあるのなら、立ち上がってくれた人達の力になりたい。
フィンについていくのは難しい。
握った手が温かくてドキドキして幸せなのに、不安な顔になってしまう。そんな私を、腰をかがめたフィンが揶揄うように覗き込んだ。
「微妙な顔してなんか勘違いしているみたいだけど、俺は城に残る。ルーから離れる気はない!」
「えっ? う、嬉しいけど、駄目だよ。今までだって自分の夢を犠牲にしてきたんだよ? そんなことのために、また自分の夢を後回しにしないで」
「そんなこととは心外だ。俺が一番優先するのはルーだよ。やっとの思いで手に入れたのに、今更離れられるか! 何? ルーは俺がいなくても幸せなのか?」
並木道の途中で止まったフィンは、頭一つ分上から私を見下ろしている。紫色の瞳は眼光鋭く、目を合わせたくないほど怒っているのが分かる。
怒らせるつもりはなかった。前回はフィンの夢の邪魔をしたから、今回はもうこれ以上邪魔したくなかっただけ。
フィンは真っ直ぐすぎるぐらい、ちゃんと自分の気持ちを伝えてくれる。嬉しいし、私も真似したいとは思う……。でも、いくらルーリーとして前を見るとは言っても、始めたばかりで慣れない。ご存じの通り前回は恋愛で大失敗したトラウマのある初心者なんだよ? 多分まだ色々拗らせてるんだよ、手加減して欲しいと思うのは贅沢なのだろうか?
「ルーが望むのは、みんなと笑い合える新しい未来だもんな? 俺が一人抜けても構わない?」
「そんなことは言ってないよ? フィンの夢の邪魔をしたくないと思ったの!」
「俺の夢は愛するルーと家族になることだから、邪魔するなよ?」
そう言って不敵に笑うフィンは、本当に狡いと思う。そして喜びを隠せない私は、本当にチョロいと思う。
「必死に真っ赤な顔を隠してるけど、耳も手も赤いぞ?」
「モウ、ホウッテオイテクダサイ」
「ルーリー・アッカーベルトとしての未来を築き始めたばかりだから、今はみんなの中の一人でもいいけど。いずれは俺が、ルーの一番になる!」
「…………」
(放っておいてと言ったのに……)
「今の軍は、国外に目を向けている余裕はない。まずはグズグズに腐った国軍を、立て直すのが第一優先だ。そのために俺は第一師団に残るだけで、ルーは何も邪魔してないから安心しろ」
フィンはそう言って私の頭をポンポンと撫でると、また手をつないで並木道を歩き出す。
フィンの言う通りで軍の中でも王族警護や城や王都の警備を司る第一師団は、ブライアンが『よくもここまで腐ったものだ』とこぼしたくらい壊滅的な状態だ。
軍だけじゃなく、宰相に加担していた多くの貴族達もみんな捕らえられて取り調べを受けている。貴族の勢力図も大きく変わる。
今まで我慢を強いられてきて平民達も、怒りをあらわに声をあげている。以前の悪政を黙って受け入れる姿勢に戻ることはない。
「この国は変わるよ。私も一緒に変わりたいと思う」
「ルーならできるよ、俺がずっと側で守るから安心しろ。まぁ、俺が一番になる道のりは長いけどな、のんびり待つよ」
フィンはそう言うと、私だけに見せる優しい顔で笑った。
この笑顔を向けてもらえるのは本当に嬉しいし、この笑顔に笑い返せるのは本当に幸せ。だから、言うなら今なのだと思う!
「……もう、多分、フィンが一番だと思う……」
(目を見て言うなんて上級者な芸当は無理だったけど、今ある勇気を使い切ってこれだから勘弁して欲しい!)
恥ずかしくて顔を覆いたいのに、フィンにガッチリと握られた右手が思う通りに動かない。仕方がないから片手で顔を覆って勇気を出して見上げると、フィンも真っ赤で目も口を開きっぱなしだ。
秋になって黄色で埋め尽くされた並木道を歩く私達の距離は、今よりもっと近づいているんだろうなと思ったのはフィンには秘密。
青々とした並木道を真っ赤な私達が歩いているだけで十分幸せなのも、まだ秘密にする。
◆◆◆◆◆◆
読んでいただき、ありがとうございました。
あと二話で完結します。兄妹の話です。
最後までお付き合いいただけると、嬉しいです。
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