第50話 隠された真実
「ハインス家が全てを失ったのがリズの悪戯のせいというのは、表向きの理由に過ぎない」
「……どういう、こと?」
「リズが『蘇りの加護』を持つと知ったブライアンは、国王がその力を悪用するつもりだと気づいた。だから、何度も止めさせようと忠告した。それを鬱陶しく感じていた国王と宰相は、邪魔なブライアンを失脚させるタイミングをうかがっていた。リズの悪戯は、丁度いい隠れ蓑だったんだ」
「……そんな……」
「自分のせいでブライアンという心の支えを失ったリズは、必ず自分を責める。それでリズが大人しくなれば、自分達にとって扱いやすくなると見越していた。だからこそ、クラウスが、リズに悪戯を唆したんだ」
「悪戯を、唆した……?」
「ブライアンを失脚させる策を練っていた宰相に、『リズにブライアンを陥れさせる計画』を提案したのはクラウスだ」
どういうこと? 自分でも気がつかないままにクラウスに操られていたってこと? いくら何でも、そんなはずないよ。そこまで馬鹿で愚か……じゃなかったとは言えない。確かにあの杜撰な計画を自分で考えた記憶はない……。
「クラウスは、どうしてそんなことを……?」
「宰相は『蘇りの加護』を持ったリズの血にも執着した。しかし、リズはクラウスとの婚約を拒み続けた挙句、フィンに恋をした。あのプライドの高いクラウスが、笑って許したと思う?」
「……思わない」
「リズの機嫌を損ねるわけにいかないから、婚約話は無理矢理にはまとめられない。宰相の苛立ちは全てクラウスに集中して、幼い頃から『我が儘王女一人御せないのか!』と責められた。その積もりに積もったクラウスの怒りが、全てリズに向けられたんだ」
政略結婚を拒んだ私も悪いとは思うけど、父親への怒りを向けられるのはどうなのだろう? あんまりじゃない?
「ハインス家が断絶させられた時、クラウスは陰で『あの
「……これ以上?」
「ブライアンを失ったショックで心を閉ざしたリズを、クラウスは助けなかった。それどころか使用人にリズと話すことを禁じたり、これ見よがしにハインス家の顛末を聞かせたり、ありもしないリズの悪評を流したりした。そうやってリズを完全に孤立させ、外部との接触を断った」
もう言葉が出ない……。
体に力の入らない私は、ソファに身体を預けた。柔らかくて身体を包み込んでくれるけど、底なし沼にずぶずぶと落ちていくような気持にもなる。
アントンの言っていた「生贄として城で囚われていた」意味がやっと分かった。
五歳からずっと加護を使える道具となるために、私はコントロールされていたんだ。だって、普通の心を持つ人間では、死者を蘇らせて戦わせるなんてできない。
「最初から私の心を壊すつもりだったんだね。何も考えない空っぽな人形にして、都合よく操るつもりだったんだ……」
「俺がその卑劣な計画を知ったのは、俺のいる辺境にブライアンが来た時だ。知っても俺には何もできないどころか、リズが孤独で辛い時に側にいることすらできなかった」
アントンが拳で自分の太腿を打ち付けると、乾いた音が何度も部屋に悲しく響いた。
辺境でのほほんと暮らしていたというアントンの話は、嘘だったんだ。アントンも過去からずっと、自分を責めていたんだ、苦しんでいたんだ。私と同じだったんだ。
「ごめんな。ルーがずっと自分を責めているのは知っていた。何度も、『悪くないんだ』と言いたかった。でも、女神との取引で何も言えなかった」
アントンは裏側に隠された事実を伝えられなかったことを責めているけど、私は知らなくて良かったと思う。
知らなかったからこそ、自分の弱さと対峙できたし、必死に足掻いて考えることができた。
「裏事情を知らなかったから、フィンやブライアンとも自分の過去とも向き合えた。知っていたら、きっと過去に囚われたままだったよ」
いくら掌で踊らされていたのだとしても、浅はかな策略に乗ってブライアンを陥れたのは私。
下手に自分が悪くないなんて逃げ場所を知ってしまったら、きっと私は逃げた。そうなればリズベッドとしての過去を宰相達のせいにして、前なんて向けていたはずがない。
「何も知らなかった私にとっては良い結果を生んでくれたけど、全てを知っていたアントンにとっては地獄のような十五年だったよね。それなのに、ずっと私を見守ってくれて、助けてくれて、ありがとう」
大きく見開いた空色の瞳から涙が一筋流れた。
それをアントンは必死に隠そうとしているのに、ガハハと笑ったブライアンに「ルーリー嬢から感謝の言葉を貰えれば、二十二年の苦労も吹っ飛びますね!」と肩を組まれてしまった。
さすが、ブライアン。って、待って!
「二十二年の苦労? 十五年じゃないの?」
私の驚きに、アントンとブライアンが目を見合わせる。
ブライアンの腕を振り払ったアントンが、「この話も、まだしてなかったな」と呟いた。
「俺は産まれた時から前回の記憶を持っていて、リズが産まれくるのを心待ちにしていた。でも、産まれてきたリズベッドは、俺の知るリズじゃなかった」
(うん。私はルーリー・アッカーベルトとして産まれたからね)
「女神が俺とリズを再開させないはずがないから、会ってすぐに動き出せるよう準備が必要だ。でも、四歳児では何もできない。頼りになる大人が必要だが、俺の周りにはクズしかいない。前世の記憶を漁って、頼りにできそうなのはブライアンだと判断した」
「頼りにしていただいたのはありがたいですが、四歳児にいきなり『俺に忠誠を誓えるか?』と聞かれた時は驚きましたよ?」
当時を思い出したのか、ブライアンは苦笑いをしている。
「お前は前回のリズが唯一心を開いた大人だ。俺が殺されると辺境に忠告しに来てくれたし、リズに何が起きているのかも教えてくれた。記憶がなくても、きっと俺の話を信じてくれると思ったよ」
「理路整然としゃべる四歳児を前にしたら、信じざるを得ないですよね? おまけに四歳児が考えつくレベルの作り話ではないんですよ? それに何より殿下の妹を助けたいという気持ちが、強かったですからね」
そう言いながらブライアンはアントンの肩をバンバンと叩く。
アントンは面倒くさそうに腕を払うと、「当たり前だ。俺はリズを助けるためにやり直したんだ」と少し顔を赤らめた。
「俺はブライアンに俺の知る全てを話して助けを求めた。ブライアンはそれに応えてくれたんだ」
「私に前世の記憶はありませんが、殿下の話を聞いて自分に腹が立った。リズベッド様の側にいて、宰相達の企みにも気付いていたのに、私は貴方を守れなかった。私がもっと上手く立ち回っていれば、リズベッド様を苦しめることはなかった。今度こそ貴方を助けるために、私もできる限りのことしたいと思ったんです」
アントンも父もベニスもブライアンもフィンも、私はみんなに守られ助けられていた。こんなに幸せなことを、見ない振りしようとしていたなんて……。私は本当に馬鹿だ。
感謝の言葉も言わずに消えることが、みんなの幸せだ。なんて恩知らずなことを考えていた自分が恥ずかしい。
「気づくのが遅いけど、私はみんなのおかげでずっと幸せでした。これからは、私が、みんなを幸せにできるように頑張ります!」
◆◆◆◆◆◆
読んでいただき、ありがとうございました。
残り三話です。お付き合いいただければ、嬉ししいです。
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