第48話 許し

 前回の私はブライアンの優しさも、信頼も、全てを裏切った。それも、フィンの気持ちは一切考えず、自分の欲のためだけに……。

 私もクラウスと同じだった。


 それでも、過去を悔いて愚かな自分を叩き直してきたこと、それを支えてくれた人達がいること。ルーリー・アッカーベルトとして前に進むと決めたことを、ブライアンに伝えたい。

 だって、迷いながらも私が前を向けたのは、ブライアンのおかげだから。

 前回のブライアンが私に手を伸ばし続けてくれて、人の手は温かいんだと教えてくれた。そうやってブライアンが人の優しさと一人じゃないことを教えてくれたから、リズ様にとってのブライアンになろうと決めた。

 過去ではなく今に立ち向かう勇気と仲間を得られたのも、ブライアンの教えと温もりがあったからこそだ。


 そう思っていてもブライアンと向き合うと、身がすくむ。でも、ブライアンに言わずに、ここで逃げたら前には進めない。

 汗ばんで震える手を握り締め、両足に力を込めて立ち上がる。


「ブラ……、いえハインス侯爵。前回の私が、侯爵にしたことはご存知ですよね?」

「……はい」


 私の知っているブライアンとは違って、表情も声も堅い。気まずそうに眼を逸らされて、私はブライアンにも前回の記憶があるんだと確信した。


「私がしたことが謝って許されるとは思っていませんが、謝罪をさせて下さい。本当に申し訳ありませんでした」

「国王の執務室で、広場に集まっている人達をルーリー嬢は見ましたか?」


(あれ? 私は今、謝罪したんだよね?)

 

 自分の言動を疑うほどの見当違いの返答に驚いて顔をあげると、ブライアンはニコニコと笑っていた。

 まるで楽しい会話をしているような雰囲気を出されてしまうと、ここで返答しないのは失礼にあたる気がしてしまう。


「あれだけ大勢の人が集まっているなんて知らなかったので、正直とても驚きました。知っている顔もチラホラいたので、余計に……」

「孤児院の関係者や、重税に苦しんでいた商人、貴方のお陰で病から救われた者が多くいましたね。直接貴方が関わった以外の者も、ルーリー嬢を救おうとあれだけの人が集まった」

「……私? ではなく、政治に対する不満ですよね?」

「政治に対する不満があっても、搾取される側の平民は日々の生活で手一杯だ。それが理不尽な扱いなのだとしても、生きていくために権力者の言うことを受け入れざるを得ない。でもルーリー嬢は、その理不尽を許さず戦った」


 ブライアンは私の功績を褒めるように言っているけど、それは違う。そんな立派なものじゃない。


「一度の目の私は国のために何もできなかった……。その罪滅ぼしであって、理念を持った高尚な考えではないです」

「罪滅ぼしだろうが何だろうが、あそこにいたのはみんなルーリー嬢が助けた人達だ。貴方は過去の過ちを悔いて、あれだけ多くの人々を助けた。そんな貴方を、私が許さないなんて思わないで欲しい」

 そう言ったブライアンの声は、昔と変わらず温かくて優しい。


「ルーリー嬢が私に償うために人生をやり直しているというのなら、貴方はもう十分償った。貴方を赦してないのは、自分だけだ」


(私が私を赦していない?)


 ブライアンの言葉に呆然としていると、視線を彷徨わせた先にフィンがいた。

 私と目の合ったフィンは、ブライアンと同じ意見なのか視線を外すことなくうなずいた。


「過去に囚われ過ぎているルーは、自分を罰することばかり考えている。自分が幸せになることは、俺達に対する裏切りだから許されないと思い込んでいるのも、その一つだ」


 確かに……、私が幸せになるなんて許されないと思っていた。それが私の罰なのだと、ずっと思っていた。

 フィンやブライアンが、そんなことを望む人じゃないのは分かっていた。私が自分を罰する理由を欲しかっただけなのだと、分かっていたんだ。

 それでも、自分を罰することを止められなかった。


「俺はルーに幸せになってもらいたい。ルーを幸せにできるのが俺だったら、一番嬉しい」

 フィンの顔は真剣そのもので、私を罰することを望んでいないのは明らかだ。


「フィンが手を伸ばしてくれるのが嬉しいのに、私はその手を取るのが怖かった。だって、手を取ったら私は幸せになってしまう。自分を罰することができなくなってしまう。私は罰せられるためにやり直したのに! それじゃ駄目なんだって、ずっとそう思ってた」


 だから、フィンの手を取れない? 

 おかしいよね?

 だって、フィンはこのままの私でいいと言ってくれている。リズベッドだった過去を持つ私を好きだと言ってくれた。

 私がリズベッドじゃないように、フィンだって前回とは違う人間だ。

 私をリズベッドとして罰することは無理だし、目の前にいるフィンもブライアンもそれを喜ばない。


「フィンやアントンがきっかけをくれて、私は自分の過ちと正しく向き合っていないんじゃないかって疑問を持てた。私がすべきことは、自分を苦しめることじゃなかった。前回の自分を受け入れて、今の私に何ができるのか考えるべきだったんだね」


 ブライアンに私が自分を赦していない言われて、何だかとてもしっくりきた。

 フィンだけでなくみんなと新しい関係を作るためにも、私は過去の自分を受け入れないといけない。


「お父様がいて、ベニスがいて、サートンがいて、アントンがいて、私はずっと幸せだった。でも、それを認めたら罰にならないから、この幸せは手放さないといけないって思ってた。それはもう、終わりにします。私はルーリー・アッカーベルトとしての未来を望みます。みんなと笑い合える、新しい未来を」


 ブライアンは糸目で豪快に笑うと、「貴方ならできる!」と言って昔のように私の髪をわしゃわしゃと撫でてくれた。

 リズベッドだった頃と変わらないブライアンの笑顔で、べっとりと心を覆っていた闇がポロポロと剥がれ落ちていく。


 何だか急に身軽になった気持ちでフィンの手を取ろうとした私に、ブライアンは衝撃の言葉を投げかけた。


「ルーリー嬢は私に前回の記憶があると勘違いしているようですが、私には全く記憶がありません」

「えっ? でも……」

「記憶があるのではなく、王太子殿下から聞いたのです」


 アントンとブライアンの間には私の知らない何かがあるとは思っていたけど、随分と深い絆があるようで思わずアントンを睨んでしまう。


(今まで何でも話してきたのに、こんなに大きな秘密はないんじゃない?)


 私が睨むと、シュンとして目を逸らすか、あざとく微笑んで誤魔化すのがいつものアントンだ。

 だから、こんなにも堂々と正面から受け止められるのは意外で、何だか気持ち悪い。


「ルーが自分を罰し続けてきたのには、理由があるんだ」

「…………誰?」

「酷いな、そんな一瞬で忘れる? 二回も人生を共にしているのなんて、俺達二人だけだろ」


 そう言って笑ったのは、アントンなのだろうか? 

 私の前に立っているのは、いつもの空気が読めなくて面倒臭がりで、へにゃっと笑うアントンではない。

 背筋がスッと伸びて表情も引き締まった威厳あるアントンなんて、知らない。穏やかで余裕のある笑顔を見せる大人びたアントンなんて、想像だってしたことがない。


「ルーが過去の自分と向き合えたから、やっと創世の女神による制約が解けて全て話せるようになったようだ」


 そんな今まで見たこともない、別人のアントンがそう言った。




◆◆◆◆◆◆


読んでいただき、ありがとうございました。

残り五話となりました。

最後までお付き合いいただければ、嬉しいです!

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