第47話 予定外

 アッカーベルト家が温かい空気に浸っているのを諫めるように、アントンがゴホンと咳払いをした。

「家族の抱擁は、後回しにしようか? ほら、色々知りたいことも、言いたいこともあるよね?」


 正しい。確かにアントンの言う通り、知りたいことだらけだ。

 だから、みんながアントンの意見にうなずいた。

 そんな訳で、アントンは調子に乗っていた。

 この和やかな話の流れだったら何を言っても怒られないと思ったのか、アントンは不満一杯の顔を父に向けてしまった……。


「宰相と国王を裁くためとはいえ、せめて俺には誘拐計画の内容を教えておいて欲しかったよ。おかげで怖い思いしたんだから!」


(まぁ、確かにアントンは被害者だ。ある晩突然誘拐されるって、怖いよね。まして、暗殺された記憶があるんだから……)


 あれ? どうしてかな? 父とベニスからどす黒い物騒な空気が漏れ出している。それはアントンに向けられているのに、アントンは気がついていない……。

 父は右眉をピクピク震わせて、何かを抑えているのは明らかだ。その特大の怒りに、アントンはやっぱり気づいていない。


「……そうですね。殿下には言っておくべきでしたね。まさか誘拐された殿下が逃げ出すなんて、これっぽっちも思っていませんでした。予想外過ぎて困り果てましたよ」

「まぁ、俺はやる時にはやる男だからね!」


 ドンと胸を叩いたアントンは、縄抜け自慢をしようと鼻息が荒いけど……。見て! 二人の顔を! 物凄く怒りを込めた凄味のある笑顔だよ?

 お願い、気づいてアントン!


「殿下を攫った者達の中には、もちろんアッカーベルトの手の者を紛れさせておりました。夜のうちに殿下を安全な場所にお運びしようと、何度も何度も何度も何度も声をかけたのですが、『縄抜けの邪魔をするな! 気が散る!』と言って聞いてもらえなかったようですな」

「…………」

「にもかかわらず殿下が勝手に消えてしまい安否が分からず、私も抵抗することもできなくて困りました。本来だったらもっと早く反撃できたのですが、殿下の安全を確認するまで動けませんからねぇ。私なんて、毒殺されかけましたよ。ルーだって殿下を探しに、危ない中に飛び込んでいきました。こんな目にあわされるのなら、本当に殿下にはお伝えしておくべきでしたねぇ」


 右眉をピクピクと引きつらせながらも笑顔でそう言う父だが、穏やかな声なのにゾッとするほど怖い。空気の読めないアントンでも部屋の温度がここまで下がると、さすがに分かったみたいで笑顔が強張ってる。


「縄抜け実践のチャンスだったから、興奮しちゃった。なんか、ごめんね?」


 アントンの武勇伝は語られることなく葬られた……。




「殿下は、相変わらず馬鹿だな!」

 ブガハハと笑い出したブライアンは、リズベッドだった私が見ていた笑顔と全く同じ。ずっと見たかった顔を見れて、何だか泣きそうだ。


 涙を堪えて私がうつむいている隣で父が舌打ちをする。

「ところでブライアンは、何で宰相を疑っていたんだ? お前は政治に興味なんて一切ないだろう?」

「…………私の守る南の砦はエリセイル帝国とも接しています。何かと情報が入ってくるのですよ」


 何か違和感のある間と、違和感のある答えだと思った。私が感じたんだから、父にはもっと分かっただろう。

 だけどブライアンはその不信感を、ガハハと笑って吹き飛ばした。


「エリセイル帝国とゴズレ国とスーレイル国の三国を、辺境伯が押えこんでいてくれたおかげで随分と楽をさせてもらいました! 国家侵略計画の証拠を山のように積み上げてやったら、エリセイルの奴等も言葉を失ってたなぁ。まぁ、こちらも国王と宰相が関わっていますからね、脅しのネタにしかなりません。が、ないよりましでしょう?」

「宰相は、そんなエリセイル帝国にいいように利用されていただけとは情けない。陛下はそんな宰相の言いなりだ。……いよいよこの国も終わりだな……」


(お父様、それをアントンの顔を見て言う? あー、アントンの顔を見たままで、ため息つかないで……)


 気にした様子ないアントンを見ると、空気読めなくて良かったと今回ばかりは安心する……。

 でもまぁ、気まずいと思ったのかフィンが話題を逸らしてくれた。


「怪しいとは思っていたけど、クラウスもやっぱり宰相側の人間だったんだな」

「宰相側の人間とは、またちょっと違うかな?」

 「うーん」と口を尖らせたアントンは、あっさりとフィンの言葉を否定した。

 それに同意するようにブライアンが続ける。


「さっき本人が言っていた通りでアッカーベルトを排して、帝国と同盟を結ぶ話はクラウスにはどうでもよかった。あいつの本命は、エリセイルを経由して他国にルーリー嬢と逃亡する手はずを整えることでしたからね」

「どうして私がクラウスと逃げることを選ぶと思ったんでしょうか?」


 さっきの自信満々な態度を思い出して疑問しか湧かない私を見て、アントンはクスクス笑っている。

「あいつの基準だと、ルーはアッカーベルトよりクラウスを選ぶと思ったんだよ。ルーという婚約者がいるのにマーゴのアピールが激しかったのも、クラウスの手引きがあったからだしね」


 驚いたけど、納得だ……。公務だけならまだしも、アントンのプライベートな予定も知り尽くして待ち構えているマーゴをおかしいと思ってた。

 アントンは青い顔で逃げているのに、自分に気があると信じて疑ってなかったし。クラウスが一枚噛んでいたのなら、マーゴのあの行動も理解できる。


「……でも、なんでそんなことしたんだろう? 宰相達がエリセイル帝国と同盟を結びたいなら、シリングス国の介入は邪魔だよね。わざわざ面倒にする必要ある?」

「俺が少しでもマーゴに靡けば、ルーが怒って俺を捨てると考えたんだ。王太子の婚約者じゃなくなれば、自分の婚約者にできるだろう?」


 クラウスの自分勝手な暴走話に唖然とする私に、今度はフィンまで爆弾を投下する。

「アントンが続けざまに暗殺されかけたのも、クラウスの仕業だった。二人が婚約破棄するなんて思わず待つのも我慢の限界が来て、アントンを殺してルーを手に入れようと考えた」

「……なに、それ?」

「クラウスも宰相と同じだよ。自分さえ満足できれば、周りがどれだけ傷つこうが気にもならないんだ」


(私の気持ちはないのに、自分の気持ちだけを押し付けられても困る……)


 暗い気持ちでため息をついて顔を上げると、思いがけずブライアンと目が合った。いつも笑っているように閉じている糸目が開いて、紫色の瞳が見える。

 全てを見透かされているようで、怖い……。

 だって私は前回、クラウスが私にした以上のことを、ブライアンとフィンにしたのだから……。




◆◆◆◆◆◆


読んでいただき、ありがとうございました。

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