過去の終焉
第46話 告白
疲れ切っているリズ様をエライザに任せた私達六人は、アントンの執務室に移動していた。
ソファには私、父、ベニスと並んで座り、向かい側にはブライアンとフィンが座っている。アントンは一人掛けのソファだ。
一仕事終えたのに、私達の間に一安心とか安堵の空気はなかった。だって、分からないことや、知らない事実が多過ぎる!
人生二度目のアドバンテージを持つ者として、私は周りより有利に立ち回ってきたつもりだった。そんな私から見ても、謎ばかりだ!
(十五年かけて私がやってきたことなんて、何の意味もなかったんじゃない?)
「わぁ、ルーの顔、怖いよ?」
「知らないことばかりで、こんな顔にもなるよね! アントンは全部知っていて、私に黙っていたの?」
「まさか! アッカーベルトの事情なんて俺が知る訳がないだろう? ベニスがダブルスパイだなんて、俺だってさっき知った! もうびっくりしちゃって、叫びそうだった!」
目の前に座るフィンもうなずいているから、私達と同じみたい。私だけ知らなかったのではないと、少しだけホッとした。
でも、悩ましい。だって、アッカーベルトは私の家族だよ? 家族に騙されるって……。それって、あんまりじゃない?
ベニスが立ち上がるのが視界の端に入ったと思うと、何と私の前で膝をついた……! どういうこと?
目を逸らそうにも、近すぎる! 見上げてくるベニスが嫌でも目に入るけど、騙されていた恥ずかしさと怒りでまともに見るなんて私には無理。
「ルー様に見損なわれた俺に、弁解の場を与えてもらえませんか?」
「…………」
言い方は下手に出ているように聞こえるけど、表情はいつも通りの揶揄うような笑顔だ。要はいつものベニスの調子に戻っている。
言い方って、あるよね? 重要、だよね?
「確かに『見損なった』と言ったけど、何も知らずにあの状況に立たされれば、そうも言いたくなるよね? 作戦だったのは分かったけど、ベニスもお父様も迫真の演技で私を騙したんだから、謝りません!」
「分かってる。作戦とはいえ、怖くて悲しい思いをさせた。謝って欲しいなんて思っていないんだ。ただ、俺の話を聞いて欲しい」
そう言ったベニスの表情は驚くほど真剣で、私はうなずくしかできなかった。
「俺はスーレイル国出身で、アッカーベルトと国境を接する村で生まれ育った。いつも戦いと隣り合わせで、父と兄二人も軍人だった。その三人が当時まだ成人もしていないスヴェン様に殺されたのは、俺が十一の時だ。戦闘狂で有名なスヴェン・アッカーベルトの戦い《お遊び》に巻き込まれ、家族を殺されたんだと恨んだ」
父の強さは幼い頃から群を抜いていて、成人前にはお祖父様よりも強かった。他国から恐れられて、戦闘狂なんて偽りの噂が作られたのだと容易に予想がつく。
「打倒スヴェン・アッカーベルトを誓った俺は、すぐに入隊して軍で力を磨いた。そして、アッカーベルトに潜入する駒を探していた宰相の目に留まったんだ。スヴェン・アッカーベルトだけではなくアッカーベルト自体を叩き潰そうという宰相の計画は、俺の復讐心にピタッとはまった。宰相が作ってくれた身元証明を持って、その足でアッカーベルトの門を叩いたよ」
ベニスの話にブライアンが呆れ声で呟いた。
「宰相は子供の頃から、スヴェン様に対する対抗意識が強かったからな。敵わないんだから止めればいいのに、何とか従えようと必死だった」
「まぁ、何かしてくる度に返り討ちにしてやったがな」
(それじゃないかな? お父様の返り討ちが酷すぎて、恨みも募ったんじゃないかな?)
「後はさっき言った通りだ。スヴェン様は戦闘狂ではなく、家族を愛すただの父親だった」
当然だという顔で、私はうなずいた。
「スヴェン様の真実を知るより俺を困らせたのは、ルー様に出会ったことだ。アッカーベルトのお姫様は、まだほんのガキのくせに自分のことは後回しにする変わった子供だった」
ベニスは本当に困ったような情けない顔をしていて、当時の困惑が感じられる。
「母親を亡くして自分だって辛いはずなのに、あーでもないこーでもないと言って弟を守ろうと必死だ。そんな馬鹿みたいに真っ直ぐなガキを、放っておけるわけがない。気づけばどっぷりアッカーベルトに浸かっていて、スヴェン・アッカーベルトへの恨みも消えかけていた。これでは家族の無念が晴らせない、このままじゃいけないと俺は焦った。宰相から指示がきたのは、そんな時だった」
十年前にアッカーベルトの弱点を教えたのはベニスだと、宰相との話で分かってはいた。だけど本人から直接聞くのは、やっぱり衝撃が大きい。
「ルー様の機転によって、宰相の計画は失敗した。あの時ルー様は俺に言ったんだ。『国が正しく機能しないから戦争が終わらない。愚かな政治のしわ寄せがアッカーベルトのみんなを傷つける。私はそれが、許せない!』と。学もなく目の前の戦いしか見えていない俺には、目から鱗の言葉だった。俺はそんな愚かな政治の片棒を担がされているんだと、やっと気づけたんだ」
(人生二度目で、政治がいかに自分の利益優先で汚いものかを知っていたからだよ)
「十年前に二国の共闘に不信を持ったスヴェン様が調査を始めた時、俺は宰相の密偵であると告白した。秘密がなくなった俺は、晴れ晴れとした気持ちだったよ。最期ぐらいはルー様に見られても恥ずかしくない自分で、少しは綺麗な姿で死ねると思った。そんな覚悟を決めた俺に、スヴェン様はとんでもないことを言ってきた」
「当たり前だ! 死を望む者は、自分の過ちを悔いて生きて苦しむべきだ」
「何言ってんですか? 『お前がアッカーベルトを裏切っていたと知ったら、ルーが悲しむ。死んでも隠し通せ』と言ったくせに」
驚いて父を見ると、すいっと目を逸らされた。
「ルー様は十五年前から王家に関わって、色々と動き回っていただろう? ルー様が宰相に対して何か計画しているのは分かっていた。だから、スヴェン様は俺に宰相を探るように命じたんだ。『ただ死ぬな、ルーのために働いて死ね』ってね」
私が自由に動き回れるように、お父様もベニスを助けてくれていた。なのに、それに全く気付かない私は、一体何を見ていたんだろう?
過去にばかり目を向けていた私は、本当に何も見えていなかったんだ。
「……私は、最初からお父様達の掌の中だったのですね……」
父は憮然とし、ベニスは吹き出した。
「冗談じゃないよ! 掌の中の意味、知ってる? 子供なのに腐った政治を正そうと奔走してあちこちと揉めて、なのにそこら中に信奉者を作って。おまけに勝手に婚約破棄して、人生二度目だと言い出した上に、『蘇りの加護』だぞ? 捕まえても捕まえても勝手に飛び出して行くルー様に、俺達は振り回されっぱなしだよ」
「ベニスの言う通りだ。何度屋敷に閉じ込めたいと思ったか分からん! そんなことをしたところで、脱走して戻って来ないのが目に見えているから実行しなかっただけだ!」
二人の苛立った様子を見る限り、私は掌の中でジタバタしていた訳ではないらしい。家族に心配をかけないようにと思っていたつもりだけど、ずっと心配のかけっぱなしだったみたい。
こんなにも見守られていたことに気付けないなんて、ルーリー・アッカーベルトとしての今を私はどれだけ蔑ろにしてきたのだろう。父やベニスを、どれだけ傷つけてきたのだろう……。
謝らない? とんでもない。今謝らないで、いつ謝るの?
「ベニス、約束通りずっと一緒にいてくれたのに疑ってごめんなさい。お父様、ずっと心配と面倒をかけっぱなしで、ごめんなさい」
二人は何も言わずに、私の頭を撫でてくれた。
子供に戻った気分だけど、なんだかとてもホッとする。
十五年前、巻き込まないために私は家族と距離を置いた。でも、私もこうやって甘やかされることを望んでいたんだ。
◆◆◆◆◆◆
読んでいただき、ありがとうございました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます