第43話 逆転
当然バッターンと勢いよく扉を開け放って、王の執務室にズカズカと入っていくと思っていたのに……。アントンは礼儀正しくドアをノックした。
「誰も近づけるなと言っただろう!」
宰相の怒鳴り声が響き、もちろん扉は開かない。
アントンは仕方なさそうにため息を吐くと、カチャリと扉を開けて何事もなかったように普通に部屋の中に入っていく。
「おい、王の執務室だぞ! 分かって……」
まるで自分が王であるかのように怒鳴っていた宰相の目が、部屋に入ってきたアントンに釘付けになった。
「あー、ごめん、ごめん。取り込み中だった? でも、誘拐されて殺されかけた王太子が帰ってきた以上に、優先されることってあるのかなぁ?」
アントンはひらひら手を振りながら、緊張感の欠片もなく陽気にそう言った。
「てっきり喜んでもらえると思ったのに、おかしくない?」
そう言って私に同意を求めるのは、止めて欲しい……。
執務机の前には顔色の悪いリズ様と気まずそうなクラウスが、私達の方を振り返って立っている。その向かい側に国王が座っていて、その横に宰相が立っているが、二人はアントンを二度見して固まったままだ。
つい今までダラダラのんびりと歩いていたアントンが、急にスタスタとスピードを上げてリズ様とクラウスの間に割って入った。机に置かれた書類をひょいっと取り上げてニヤリと笑うと、宰相と国王に見せつけるようにピラピラと振っている。
「へぇ? 私が一大事だというのに、リズとクラウスの婚約が優先? 普通はさぁ、王太子捜索の陣頭指揮を執ったり、心配して寝込んだりするんじゃないの?」
アントンに恨みがましい目を向けられた国王と宰相が、無言のまま視線を逸らした。
二人の反応にわざとらしく肩をすくめたアントンは、隣に立つリズ様に顔を向けてのんびりとした口調で問いかける。
「リズベッドはクラウスと結婚して、女王になりたいの?」
「わたくしはクラウスとなんて結婚したくありません! ましてや女王なんてまっぴらです! 兄様が殺された今、国の存亡がかかっていると言われたのです! ルーお姉様やサートンを助けたいのなら、こうするしかないと脅されたのです! そうじゃなければ、絶対に了承しません!」
怒りを爆発させながらもリズ様は、「お兄様が無事で良かったぁ」と言って涙を流した。
リズ様から甘えた態度を向けられたのことのないアントンは、少し驚きながらも嬉しそうに優しく微笑んだ。リズ様の頭をポンポンと撫でると、私の方を指して下がるように言っている。
リズ様に兄らしい働きを見せるアントンを始めて見た気がするけど、とても懐かしくも感じる。
少しほっこりとした気分をぶった切るように、アントンは嫌味なくらいニッコリと笑った顔をクラウスに向けた。
「リズベッドは、クラウスと結婚するの嫌だって」
アントンにそう言われたクラウスは、怒りなのか羞恥なのか顔を真っ赤に染めた。なぜか私達の方へ顔を向けてきたので、リズ様を背中に隠して込められる限りの軽蔑の気持ちを込めて睨み返してやった。クラウスは真っ青になって泣き出しそうな顔をしていたけど、知ったことか!
「王族を騙した書類なんて、無効だよね?」
三人の目の前で見せつけるように書類を破り捨てるアントン。
怒りをぶちまけたい三人が口元を震わせているけど、アントンの言うことが正しいので反論ができるはずがない。
死んだと思っていたアントンと、地下牢で殺されているはずのアッカーベルト辺境伯が元気に部屋に入ってくるなんて思いもしなかっただろう。全て自分達の思う通りに進んでいると安心していたから、最低限の手順も踏まずにリズ様とクラウスを婚約させようとしたはずだ。
驚きと怒りで声も出ないのは当たり前。
そんな三人に向かっていつも通りへにゃりと笑ったアントンは、今日一番の嫌味を吐き捨てた。
「あっれぇ? もしかして、私に生きて帰ってきて欲しくなかったのかなぁ? 死んじゃって欲しかった? そしたら宰相が望んだ通り、リズを女王にできるもんねぇ? でも、失敗しちゃったね!」
この緊迫した空気の中で、その言い方? もっと効果的な言い回しがあるんじゃないの? と思ったけど、三人には十分効果的だったみたいで怒りでブルブルと震えている。
一番狡猾なはずの宰相が、最も怒りを抑え込むのも難しい状態だ。見開いた眼は血走っているし、鼻息は荒く、剥き出しになった歯の間からも荒い息が漏れている。まるで獣だ。
アントンは相変わらずにこやかだけど、攻撃の手を緩めたりしない。
その笑顔の中にヒヤリとする冷たさを感じて、私はやっとアントンが怒っていることに今更ながら気付いた。
(アントンが国王や宰相に陥れられるのは二回目。今回は難を逃れたけど、殺されるのだって二回目なんだ。怒っていない方がおかしい)
一歩下がって父の隣に立ったアントンは、楽しそうに微笑んで三人を見回した。
「無い知恵絞ってせっかく私の殺害計画を立てたのに、ごめんね? 私はこの国最強の軍神と、その兵士達に守られているんだ。堕落した国軍程度では相手にならないんだよねぇ。まぁ、ある意味、私が一番最強なのかも!」
アントンは「上手いこと言ったよね?」と得意げに私を振返ったけど、もちろんノーコメントを貫いた。
国王は隣に立つ宰相を不安げに見上げると、苛立つ声を震わせた。
「どういうことだ? どうなっているんだ? アッカーベルトはアントンを殺して、城に攻め込んでくる計画を立てていたのだろう? そうなる前に辺境伯を始末して、アッカーベルトの残党を片付けるためにエリセイル帝国と同盟を結ぶんじゃなかったのか……?」
だけど、宰相からの反応は何もない。
明らかに自分を見下した宰相の態度に、国王はまだ気づいていない。
寒々とした部屋に、アントンのクスクスと笑う声が響く。
「あーぁ、陛下。自分では何も考えずに人任せにするならさ、仲間はちゃんと信頼できる相手を選ばないと駄目だよ。私みたいにね!」
アントンはやけに誇らし気に胸を張ってみせた。言っていることは自虐なのに、そんな態度も頼もしく見えるから不思議だ。
「人を見る目がないから、騙されちゃうんだよ。権力も名誉も手に入れた宰相は、王家の血をユーグレート家の血に塗り替えたかっただけ。それに気づかない陛下は、一生懸命王家の血を薄めるお手伝いをしてたんだよ? 滑稽だね」
「……お前、出来損ないの分際で、私を愚弄するのか!」
宰相に縋り付いていた国王が、一瞬で顔を真っ赤にして激昂した。
国王の虚しい怒りが執務室に響くが、アントンは冷静なまま薄笑いを浮かべている。
どちらが優位で、どちらが正しいかなんて、言うまでもない。国王は自らの手で今の状況を選択し、自らの手で破滅した。
「この状況で何を怒っているのか理解できないけど、冷静に自分の置かれた立場を見てみなよ? 国王陛下である貴方がしようとしたことは、国を売る行為でしかない!」
はっきりとそう言い切ったアントンは、「出来損ないから産まれるのは、当然出来損ないでしょ?」と嫌味も忘れない。
国王と宰相の顔色の悪さが増していく中、アントンに負けない能天気な大声が執務室に響いた。
「あー、もう始まってたか? まぁ、間に合ったな!」
そう言って部屋に入ってきたのは、黒髪に糸目のブライアンだ。
ブライアンは抜け目なく周りを見渡した。そして、国王には目も向けず、アントンにだけ臣下の礼を見せた。
そして、いつも通り豪快に笑った。
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