第42話 反撃開始
城に着いた私達が向かったのは、もちろん父が捕らえられている地下牢だ。
地下牢にいるのが最強な人物なだけに、入り口は警護の兵士で囲まれている。
そんなところに馬で乗り付けた私達は、当然すぐ包囲されてしまったんだけど。王家の紋章とも言える金色の髪に空色の瞳で兵士を見下ろすアントンを前に、兵士達は幽霊でも見たような顔のまま動けなくなっていた。
中にはアントンを捕らえようとした者もいたけど、私達の背後を見ると全員が青い顔でその場に立ち尽くした。おかげで無駄な時間をかけることなく、地下牢に入ることができた。
生まれて初めて入る地下牢は、蝋燭が灯されている場所が薄ら暗い以外は暗闇だ。蠟燭が少ないせいで、真っ暗な穴に吸い込まれていくような気持になる。
地下水が近くを流れているのか、ピチョンピチョンと水の垂れる音が闇の中に静かに響く。四方が石で作られているから、黴臭いしドレスでは震えるほど寒い。
むき出しになった両腕を抱えるように走る私に、フィンが紺色の軍服を掛けてくれようとした。
「ありがとう。その気持ちはありがたいのだけど、私はその軍服だけは着たくない」
父を貶めアントンを殺そうとした人達の象徴に袖を通すなんて、ゾッとする。
「その通りだな……」
そう呟いたフィンは「俺もルーと同じ気持ちだ」と言って、何のためらいもなく軍服をその場に放り捨てた……。
地下牢の奥にある取調室のような場所に、両手両足を重い鎖で繋がれた父が椅子に座らされていた。
手足の自由を奪われた父の身体を屈強な男が二人がかりで抑え込み、三人目が「お前が死なないと、俺達が困るんだよ!」と言って無理矢理口をこじ開けようとしている。こんなの、誇り高い軍人がする行為ではない。
毒杯を叩き落とそうと走り出す私よりも先に、珍しく足早にアントンが彼等に近づいた。
「何をしている?」
アントンの怒りと恨みのこもった低い声に驚いて、三人は顔を上げた。そして、その声を発したのが死んだはずの王太子だと分かり、余計に顔を強張らせる。
薄暗い地下牢で蝋燭の光に照らされる、ガウン姿のアントンはさぞかし恐ろしかったと思う。
髪を切られたせいで顔に髪が張り付いて恨めしさが増しているし、珍しく怒っているから表情にも凄味がある。兵士が三人とも目を剥き出しに開いて、固まってしまうのも納得だ。
そんな間抜けなほどに無防備な三人を、フィンがあっという間に縛り上げた。
たった今毒を飲まされそうだったとは思えない冷静な顔で鎖を外した父が、立ち尽くす私を見て「心配かけたな」と言って表情を緩めた。
家族にだけ見せるその顔を見れたのが、嬉しくて、ホッとして、父が殺されたかけた恐怖で強張っていた身体がゆっくりと解れていく。
だけど、安心しすぎてしまったのか膝が震えだして立っているのが辛い。崩れ落ちる寸前の私を、飛んできた父が抱きしめてくれた。
「間に合って良かった……」
「それは、私のセリフ。あんなクズにお父様が負けるなんて思わないけど、間に合って良かった!」
しがみついた私がまたもグズグズと泣き崩れていると、父の両腕にも力がこもる。それは、少し苦しいけど、温かくて幸せだ。
「お父様も、アントンも怪我もなく無事に助けられて良かった!」
私がそう言うと、父は「あぁ、殿下ね。無事でなによりです」と乾いた薄っぺらい声と冷たい視線をアントンに向けた……?
「スヴェン様、外の馬鹿共の制圧も完了しました」
闇に紛れるように青灰色の軍服が父に報告をした。
地下牢に入る前に私達の背後にいたのは、アッカーベルトの兵士達だった。
報告に来たのはベニスの部下だったカーターで、毒杯のことを知っているのか縛り上げられた三人に残忍な目を向けている。
「こいつらどうしますか? せっかくだから、自分達が準備した毒杯飲ませましょうか?」
事も無げにそう言ったカーターに、父はゆっくりと首を横に振ってみせた。そのまま兵士達の方に顔だけ向けると、クツクツと笑った。
「そんなことをしなくても、全てが終われば死よりも恐ろしい目にあわせてやるさ」
そう言った父の顔を見た兵士達は、なぜか毒杯を欲していた。
地下から地上に出た私達が向かっているのは、当然国王の執務室だ。
宰相と国王だけは、絶対に許さないし野放しになんてしない! ベニスにだって、言ってやりたいことが山ほどある! 今回の宰相の計画は、絶対に成功させない!
とまぁ、私の気合は十分なんだけど、先頭が、ねぇ……。軽い足取りで歩く先頭の後姿に、せっかくの気合が削がれていく……。
私達の先頭を行くのは、死んだと思われているアントン。
それはもう、いつも通りのんきな顔をして歩いている。派手なガウン姿で後ろ手に手を組んで微笑を浮かべて、まるで散歩でもしているみたい。
もちろん城内の人間はアントンを見ると目を見開いて、根っこでも張ったみたいにその場に立ち尽くしているけどね。みんなぱっかんと口は開いているのに声は出せず、固まった身体の首だけがアントンを追いかけるために動く。全員が一様に同じ行動をとるから、異様な光景としか言いようがない。
誘拐されて殺されたと思われていた王太子が、その犯人と言われるアッカーベルト辺境伯と一緒にのほほんと歩いている。そんな光景を目の前にしたら、まぁきっとこんな顔になるんだよね。
そんなご一行が王城の入り口である大門の前にある広場に入ると、青灰色の軍服を着た一団が父の周りに集まってきた。
みんな険しい表情で父に報告し、指示を受けてまた散っていく。明らかに任務遂行中だ……。
慌ててぐるりと周りを見回すと、青灰色の軍服が広場にだけでも複数人いる。供で連れて来たというレベルではない人数だ。この様子ならきっと、城の外でも待機しているはず……。
(お父様が軍を王城に連れてくることなんて、あり得ないはずなのに……。フィンの言った通りで、お父様は、こうなることが分かっていたの……?)
驚きを隠せない私に、父はニヤリと笑った。
「さぁ、この国の馬鹿共に、アッカーベルトの恐ろしさを見せつけてやろう!」
父は楽しそうに、そう言った……。
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読んでいただき、ありがとうございました。
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