第41話 邂逅

 私とベニスが作った隠れ場所は厩舎の横ある。穴を掘って板を敷いただけの、お手軽な即席地下室だ。

 最初はサートンが入れるだけの小さい隠れ場所だった。言い出せないけど私も入りたがっていることに気づいたベニスが、穴を広げてくれた。二人で入れるようにしてもらうと、隠れ場所というよりは秘密基地にいる気分になる。「秘密基地なら、ベニスも一緒がいいよ」となり、三人が入れる広さになった。

 その穴の中にゴミや土が入らないよう、倉庫に転がっていた鉄の板を蓋代わりに置いた。ちょうどその辺りは不要な備品が置かれている場所だから、鉄の板が置いてあっても全く違和感がない。

 フィンだって、私が「これが蓋」と指を差すまで気がつかなかったほどだ。




 板をどかす前に穴に向かって、「アントン」と呼びかけても声どころか何の音もしない。

「十年以上前の穴だから塞がっているかもしれないな」

 と少しがっかりしたフィンが、鉄の板に手を掛ける。

 

 苦手な乗馬で暗闇の森を抜けるなんてアントンなら絶対に避けると思ったけど、命がかかった状態であれば話は別だったのかもしれない……。

 ここにアントンがいなければ、後れを取っている私達がアントンを見つけれれる可能性は低い。

 あとはアントンが無事に一人で城に辿り着くことを願うばかりだけど、三時間以上経っても城に着いていないのであれば何かあったに決まっている。


 私は知らず知らずのうちに胸の前で、ギュッと強く手を組んで祈っていた。

 唯一の望みが、アントンが私の話を覚えていて、ここに隠れていてくれること。

 アントンがいてくれることを祈るしか、私にできることはない。


(お願い、アントン。私の話を覚えていて!)


 フィンも緊張漂う表情で、鉄の板をガッと持ち上げた。

 穴が崩れることなく板の下には、今も大きな穴が空いていた。

 その穴の中には、煌びやかで高価なキャメル色の布が丸まっていた。

 色とりどりの糸で隙間なく刺繍が施された布がもぞりと動くと、光沢のある糸が太陽の光に照らされてキャメル色が黄金色に見える。

 急に陽の光を浴びたガウンがもぞもぞと起き上がり、両手を上げて伸びをする。ガウンの襟元の上にはもちろんアントンの顔があり、いつも通り緊張感のない顔を向けてきた。


「……あぁ、ルーだ。遅いよ! 仕方がないから入ったけど、こんな場所は秘密基地じゃなくて、ただの穴だからね! 迎えに来るのが遅いし! 待ちくたびれて、寝ちゃったじゃないか!」


 …………言いたいことはたくさんある。

「この状況で、よく寝てられるよね!」

「待つんじゃなくて、行動しようよ!」

「何怒ってんの!」

「勝手に誘拐されないでよ!」

 もういくらでもあるけど、私はそれより何よりアントンに飛びついた。


「……アントン……。今回は死なないでくれて、ありがとう。ありがとう。ありがとう。良かったよぉぉぉぉぉ」

 私は泣いた。とにかく泣いた。

 あのアントンに「泣いている場合じゃないよ。早く王都に戻らなくちゃ」とまともなことを言われてしまうぐらい、アントンにしがみついて泣いた。

 アントンは「わぁ、ガウンがびしょびしょ。俺、風邪ひいちゃうんじゃない?」と、自分の心配をしていたけど……。




 一刻も早く王都に戻りたいけど、馬が一頭しかいない。フィンの馬がいくら大きいとはいえ、大人三人は無理だ。

「私はここに残るから、フィンはアントンを連れて早く戻って」

「ルーを一人、置いて行けるわけがないだろう!」

 フィンは怒ってそう言うが、とにかく私達には時間がない。


「早くアントンを連れて戻らないと、お父様が危険だわ。今重要なのは、生き証人であるアントンを城に連れて帰ることよ!」

「ルーをここに残したら、敵に見つかって人質にされる可能性があるだろ!」

「それなら、大丈夫!」

 自信満々にそう言った私は、胸を張って穴を指差した。


「この中で隠れていれば、見つからないってアントンが実証済みよ! 城で全てが解決したら、ここに人を送ってもらえば問題ない!」

 私はグッと両拳を胸の高さに上げて、問題がないことをアピールしたんだけど……。


 口元をピクピクと痙攣させながら額に手を置いたフィンは、「誰よりも大切なルーを置いて行くなんて絶対にしない!」と言って私の提案を聞いてくれる気はない。

 アントンも「あんまり居心地はよくないから、お薦めはできないな」と言ってくる。自分は寝ていたくせに!


 そんな行き詰った私達を助けるように、補給地の入り口から馬の蹄の音が響いてきた。

 丁度良く補給地に戻ってきたその兵士を、フィンが殴り倒したのは数秒後だった。


 国軍の兵士は私達を見上げると、目を丸くして叫んだ。

「どうして? 逃げ出した王太子と、城中探しても見つからないルーリー嬢がここに?」

 どうやらアントンだけでなく、私も捜索の対象らしい。

「辺境伯を毒殺する場に、娘を立ち会わせたいと宰相が言っていて……」

 それを聞いたフィンは「本当に糞野郎だな」と物騒な声を出して、兵士を締め上げる腕に力が入る。


「……毒殺? 裁判もせずに殺すなんて、あり得ないわ……」

「普通じゃ考えられないけど、辺境伯を殺せるチャンスに宰相も気が急いているのかもねぇ。馬も増えたし、早く戻ろう」


 兵士を締め落としたフィンは、珍しく焦っているアントンの言葉にうなずた。

 そして、兵士が目を覚ましても簡単に身動きが取れないように素っ裸にすると、ロープで縛り上げ補給地のど真ん中に転がした。

 もちろん私は目を逸らしていたから分からないけど、アントンは「あれでは縄抜けはできないな」と呟いていた。




 王城に戻る道のりが、やたら長く感じる。この瞬間にも父の身に……と思っては、その考えを歯を食いしばって頭から追い出す。

 怖くて、怖くて、苦しくて悔しい! 


「大丈夫だ、そう簡単にやられる人じゃない」

 フィンはそう言って励ましてくれるけど、私を抱きかかえる腕に力が入っているし、来る時よりも手綱さばきが荒々しい。

 何より、乗馬が苦手なアントンが「休憩してくれ!」と叫ぶことなく、必死にフィンについてきている。

 それだけ父の身に危険が迫っているのが、嫌ってほどに分かってしまう……。




◆◆◆◆◆◆


読んでいただき、ありがとうございました。

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