第39話 奇跡
まずは今の状況を整理しないといけない。冷静になるためにも私は言いたくないことも口に出して、ぐちゃぐちゃの頭を整理する。
「ベニスは、宰相のスパイだった……。宰相は目障りなアッカーベルト辺境伯軍を壊滅させるつもりで、お父様を罠に嵌めた。そのために国家反逆の罪を作り上げ、話をもっともらしく見せるためにアントンを……」
「王女殿下を女王にするには、アントンは邪魔だから丁度良いって話だろうな」
理路整然と一つ一つの話が繋がっていくけど、説明がつかないこともある。
「でも、アッカーベルトが無くなったり弱体化すれば、ゴズレ国とスーレイル国が攻めてくる。そうなれば、この国は終わるわ」
「宰相は、その二国を支配してるも同然のエリセイル帝国と手を結んでいる可能性が高い。帝国にとって辺境伯は、軍事的にも政治的にも邪魔な存在だ。宰相と手を組むために帝国が出した条件が、辺境伯を消すことだったんだと俺は思う」
「消す……」
それって、殺すってことよね……。
この国を守り続けてきた父が殺されるなんて、そんなこと信じられないし、許されない! だけど今の状況は、明らかにアッカーベルトにとって不利だ。
父を助けるために軍を動かせば、国家反逆罪の確固たる証拠とみなされる。秘密裏にお父様を奪い返しても同じだ。
宰相の罪を暴いて真正面からぶつからないと、父は取り戻せない……。
プレッシャーでブルリと震えた私の手を握るフィンの力が強くなり、まるで「大丈夫だ」と言ってくれているみたい。その安心感でまた涙が出そうになった私は、慌てて空を見上げた。
アントンの瞳のように澄んだ青空には、小さな白い雲が浮かんでいて長閑だ。私達の置かれた状況とは大違いで、つい理不尽だと怒りたくなってしまう。
フィンに手を引かれるまま気がつくと、着いた場所は馬房だ。フィンは「ちょっと待ってて」と言うと、大きな黒い馬を引いて出てくる。
アントンを探しに、城の外に行くの。どこに?
「腹心の部下に裏切られたからと言って、辺境伯が家族を残して死を受け入れるわけがない」
フィンの言葉に、私はうなずいた。
(そうだ、あの父がそう簡単に諦めるはずがない!)
「あの人のことだ、こんな最悪な事態だって予測していたはずだ。必ず何か手を打っている」
「確かに! お父様がそう簡単に宰相に屈する訳がないもの」
自分に言い聞かせるために発した言葉に、フィンがホッとしたように微笑んだ。そして、私を抱き上げて馬に乗せる。
「宰相の企みを暴くためには、アントンが必要だ。辺境伯に罪を擦り付けるのなら、アッカーベルトと関係のある場所に連れ込んでいるはずだ。王都近郊に別荘とか、何か人を隠せる場所はないか?」
「……別荘はないけど……」
我が家は贅沢を嫌うから不要な別荘なんて持っていない。あるのは親戚の家くらいだけど、一族が裏切ることは絶対にないと言い切れるから違う。
どこか、何かないだろうか? 考えれば考えるほど王都近郊には何もない。
あれ? さっきは腹が立って聞き流したけど、ベニスは補給地の準備をしたと言っていたはず。
「補給地がある、多分補給地だと思う!」
アントンが生きていることを信じて、私達は補給地に大至急で馬を走らせた。
補給地とは軍馬を休ませる厩舎と、替えの軍備が置かれた倉庫があるだけの施設だ。だだっ広いけど、それ以外は何もなく人もいない。王都からは一時間ほどかかる距離だし、近くに村や民家もない。森の中に隠れるようにひっそりとある。
その場所が、なぜか騒がしい……。
アッカーベルト辺境伯軍の補給地なのに、そこにいるのは青灰色の軍服ではない。フィンと同じ濃紺の軍服を着た国軍の兵士が補給地内とその周辺をうろついている。
しかも彼等は焦っているのか、やたらと怒鳴って怒りをぶつけ合っている。
誰もいない何もない場所だからと気が緩んでいるのだろうけど、何もない静かな場所だけあって声はよく通る。少し離れた所で馬を降りた私達が、軍人三人の会話をこっそりと立ち聞きするには十分なほどに。
「どういうことだよ? ちゃんと縛っておいたんだろうな?」
「当たり前だ! しっかりと両手両足縛ったよ!」
「なのに何で、縛ったままの状態で縄だけ残っているんだよ? お前の縛り方が甘かったに決まっているだろう?」
「そんなはずない! 俺はちゃんと肌に食い込ませて縛った! それは間違いない! お前だって見ただろう?」
「……見たけど……。でも……」
「言い訳するな! 現に残っているのは縄だけで、王太子に逃げられてるんだ! お前はアッカーベルトに憧れていたからな! 宰相様を裏切ったのか?」
「違う! 今更そんなことする訳ないだろう!」
その会話に、私とフィンは目を見合わせた。
(アントンは、生きている!)
あのアントンが殺されるはずがないと必死に自分に言い聞かせてきたけど、ベニスの言葉があって不安で仕方なかった。でも、今回のアントンは生き延びた! 凄いよ、アントン! 未来を変えた!
喜びで叫び出したい飛び上がりたい気持ちを抑えて、私は自分の両手を握り締める。恐怖と不安で冷え切った身体に、やっと体温が戻ってきた。
喜びで興奮状態の私の頭に、孤児院のシスター長の言葉が鐘が鳴るように響いた。
(アントンの特技が役に立ったんだ……。縄抜けの練習、意味あったんだ!)
◆◆◆◆◆◆
読んでいただき、ありがとうございました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます