第34話 恋?
(特別監査役って、何なんだろう?)
この意味不明の役職が、実は何でも係なのだと気づき始めた今日この頃。
腹は立つけど、リズ様の様子だって気になるし、アントンの生存だってこの目で確認したい。ただの辺境伯令嬢では毎日登城できないのだから、多少の我慢は必要なんだと理解はしている。しているけど、限度はあると思う!
「ちょっと、アントン! なんでお菓子食べて寛いでるのよ? 自分の仕事でしょ、ちゃんとやってよ!」
「えぇぇぇ? でも、俺がやるより、ルーがやった方が早いし正確だし、いいよね?」
アントンにそう聞かれたクラウスは、困った顔をしながらもちゃっかりうなずいている。
確かにこの量を今日中に終わらせるには、アントンは邪魔だよ? だけどさ、私はもう一般人なんだよね? 王太子の執務を代行していたら駄目じゃない?
「ルーリー、ごめんね。任せてはいけないのは分かっているんだけど、この案件は君が進めていたものだから判断が難しくて……。これ以降は、こんなこと減らしていくから」
「減らす? 無くならないんだ……」
私の怒りを受けたクラウスは、幸せそうにお菓子を頬張るアントンにちらりと目を遣った。
「あの通りなんだよ。頼れる人がルーリーしかいない」
やつれ切って顔色の悪いクラウスに言われてしまえば、うなずかざるを得ない。
いつもはピシリとしているお洒落な服も、クラウスがやつれたからかよれて見える。それが私のやっていたアントンの仕事をやらされているせいとなれば、さすがに申し訳なく思う。
(クラウスに押し付ける形になった仕事量を思えば、これくらい我慢よね……)
「執務の代行はしたくないけど、クラウスから声をかけてもらえてホッとした」
「えっ? どうして?」
美しい顔に青黒い隈が目立つクラウスが目を輝かせて顔を上げたけど、そんなウキウキするようなこと言ってないよね?
「クラウスの婚約話に、我が家が横やりを入れた形になったでしょう? 何だか、お互いに顔を合わせずらいかなって思ってた」
「……そんなこと?」
クラウスの目から輝きは失われ、がっかりした顔でため息を吐き出された。
何だろう? 勝手に期待されて勝手に失望された、この虚しさ。
「あの婚約話に乗り気なのは父だけだよ。俺は全く望んでいない。サートンと王女殿下が結婚してくれるというなら、『一か月後に結婚式だ』と言われても大喜びで完璧に準備をやり遂げてみせる」
「……それは……、すごい祝福だね……」
「当然だよ。王女殿下が結婚してくれれば、さすがの父も王家の血にこだわるのは諦めるしかない。そしたら俺は、自分の選んだ相手と結婚できる」
「……」
熱のこもった灰色の瞳をこれだけ向けられれば、さすがの私もこの言葉の意味することくらい分かってしまった……。
「その書類、終わったんなら大臣に持って行ってよ。三日後の会議の準備もよろしくね!」
お菓子を片手にやっと執務机に戻ってきたアントンが、最高のタイミングで指示を出してくれた。おかげで、クラウスは大臣の下に行くしかなく、私は何とかピンチを乗り切れた。
クラウスは物足りない表情で、冷汗だくだく私を見ている。そんなクラウスが執務室から出て行くのを、私は引き攣った笑顔で見送った。
締まった扉に向けてホッと息を吐き出す私を、アントンが呆れ果てた顔で見ていた……。
「ずっと思っていたけど、自覚がないのは、罪だと思う」
「……アントンに振り回される仲間としか思ってなかった。クラウスが私を好きな素振りを見せたことあった? ないよね?」
「そりゃそうだろ? ルーは俺の婚約者だったんだよ? 王太子の婚約者に手を出す馬鹿がいる訳ないし、クラウスは自分の感情を隠すのが上手い」
「自分の感情を隠すのが上手い人の気持ちを、分かるのは難しいよ? 恋愛に関しては、前回で懲りている私だよ?」
アントンはクッキーを一つ私に差し出すと、自分も一つ口に放り込んだ。私達のクッキーを噛むザクザクという音しか聞こえないのが、何だか不思議だ。どうして突然、クッキーを噛みしめることになったのだろう?
「前回のことは、クラウスには関係ない。自覚していないなら仕方ないけど、気持ちを知ったんだからちゃんと応えないとじゃない?」
「でも、クラウスからは直接言われた訳ではないから……」
「フィンからは直接言われるでしょ?」
「…………」
(知られてる……)
◆◆◆◆◆◆
読んでいただき、ありがとうございました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます