第32話 ブライアンの指示

「ルーによって助けられた十年前の奇襲に、私はどうも違和感を感じた。それで、あの後調べたのだ」

 当時を振り返って顔を顰める父に、フィンも賛同する。

「ゴズレ国とスーレイル国が、共同で攻め込んできたことですね? 俺も敵対する二国が、急に手を組むのはおかしいと思っていました。あの二国が手を組むメリットが何もないですからね」

「あの時あいつらが攻めてきたルートは、アッカーベルトの唯一の弱点と言える場所だった。ルーから話を聞いていなければ、私はそんな場所があることにさえ気付けず我が軍は大打撃だったはずだ」

 父とフィンの顔つきが、急に軍人になっている。


「……、まさか! アッカーベルト兵士の中に、裏切り者が?」

「信じたくないが……、その、まさかだ。密偵を捕まえて吐かせたところ、宰相の指示だと白状した。『王太子との結婚でアッカーベルトの力がこれ以上大きくなるのを阻止するために、軍事力を削ぎたかった』という吐き気がするほど下らない理由だ」

「アッカーベルトは国防の要。その力が削がれたら国の危機でしかない!」

「安全な場所で戦争の状況を紙で読んでいるだけの連中には、危機が何かなど分からないのだ」


 何でもないように鼻で笑っているけど、あれはいまだに怒りを抑えつけている目だ。父にとっては、過去のことにはなっていない。

 結束力の塊のようなこのアッカーベルトに、スパイを送り込まれたのだから当然よね。


「前回起きた二回の戦争は、どちらもこのアッカーベルトの地が戦乱の場となったのだな?」

「そうです。一度目は十年前と同じ状況でした。二度目はあと数カ月で開戦しました。ゴズレ国とスーレイル国だけでなく、その後ろの大国であるエリセイル帝国が連合軍となって攻めてきます。アッカーベルトは勝利しますが、多くの兵士を失い、領地の多くが焦土と化したと聞いています」

 私の言葉にうなずいた父が、フィンを見る。


「フィンレイルが敵軍の司令官だとする。この国が本気で欲しいならどの地から攻める?」

「……アッカーベルトだけは、絶対に避けます。十年前の戦いで守りがより堅くなっているし、スヴェン・アッカーベルトに二度も弓を引くなど、自殺行為だ」

「なのに、この地を攻めてきたということは、何としても私を殺したかった。殺せないにしても、私の影響力を削ぎたかったに違いない」


 スヴェン・アッカーベルトは政治には全く参加していないけど、辺境の守り神だ。国の英雄として国民からも、信頼と人気が高かった。国軍には属していないのに、軍においては誰より強い影響力を持っていた。

 宰相が軍事に関わる何かをしたいのであれば、最も邪魔な存在となるほどに……。


「『蘇りの加護』など使うなどとふざけたことを言い出せば、私は国だろうが構わず剣を向ける」

「そうなれば、貴族の多い第一師団以外の軍は辺境伯の下につくに決まっている。『蘇りの加護』を使う下準備として、辺境伯の身動きが取れないように押えこみたかったのですね」

「攻めてきた三国と、宰相が内通していたのは間違いないな。あの馬鹿二人は『蘇りの加護』をちらつかせて三国を押えるつもりだったのだろうが、実際はあの三国にいいように使われていたというのが実態だろう」

 父は冷たい目を国境のある山の中に向けた。


「今回は私にもリズ様にも『蘇りの加護』はありませんが、また連合軍が攻めてくる可能性はありますよね?」

「ルーのおかげで十年前の戦いでは痛手を受けていない我が軍に、死角はない。その三国にも密偵を潜入させているが、今のところ内乱を抑えるのに手一杯でそれどころではない状況だ」

 そう言った父は、意地悪くニヤリと笑った。


(何その悪い顔……? まさか……。お父様が内乱を起こさせた?)


「全く、ブライアンの指示通りに動いてやれば、これだ!」

「父は辺境伯にも、何かお願いをしているのですか?」

「ということは、お前もブライアンの指示で動いているのか? 知っていることを、全て吐け!」

 藍色の目がフィンを捕らえた……。




 吐くもなにも、フィンから聞いた話では分かることは少ない。

 希望ではない護衛になったのは、ブライアンからの指示だ。

「この国を揺るがす事態が城を中心に始まっている。今は外敵ではなく、内側の敵から国を守る時だ。お前は護衛として城の動向を見張り、情報を集めて欲しい」

 と言われたそうだけど、いかにも宰相に気をつけろという指示にしか思えない……。

 ならブライアンも二度目の人生なのかといえば、それは違うと思う。だって、前回の記憶があるのなら、絶対にリズ様の護衛は避けるはず。自分がなるならまだしも、息子に王族の護衛になるようになんて指示をブライアンが出すはずがない。


 前回の記憶がないのに宰相を探るような真似をするなんて、何か気になるようなことが南の砦で起きているのだろうか? 

「親父も具体的に何が起きるかは分からず、事態を見極めているって感じだった」

 というフィンの答えを聞く限り、それも違う気がする。

 そもそもブライアンは剣の腕は立つけど、諜報活動や駆け引きみたいなことが得意には見えなかった。

 ブライアンの真意は分からないけど……、国の存亡に関わるような情報を掴んでいる? ブライアンは、何を知っているのだろう?




「フィンレイルもブライアンの指示で動いているのだな?」

「そうです。父からは具体的な指示はありませんが、運よくリズベッド王女殿下の護衛に滑り込みました」

 フィンの言葉に眉をひそめた父が「……運よく、か?」と呟き顎に手を置いた。少し考えこんでいたけど、ブライアンへの怒りが戻って来たのか、顎に置いた手で机を叩いた。

「私も周辺の国の動向調査と、各国がこちらに手を出せない状況を作るよう頼まれている。『何のために?』と聞いても、『いずれ分かる』としか言わない男に手など貸すんじゃなかった。ブライアンが何を知っているのか、一度王都に呼ばないとだな……」

 父は忌々し気に舌打ちをした。


 ブライアンが自分の判断で動いているのなら、父に依頼する際に相談があるはず。それがなかったのだから、ブライアンは他の誰かの指示で動いている? そうなのだとしたら、依頼主は誰?


「南の国境から王都までだと、今から呼び出しても一カ月はかかるな……」

「それなら大丈夫です。親父は王都に向けて、既に出発しています。あと一週間程度で着くはずです」

 これは、朗報だ。ブライアンが来てくれれば、謎がまた一つ解ける。


「ブライアンを待っている間、宰相のやりたい放題にしておくのも悔しいな。こちらからも、一つ仕掛けるか……」


 十年前の恨みもあるのだろう、父がぼそりと呟いた。

 そのニヤリと笑った顔は、いかにも「悪だくみを思いつきました」という顔だった……。




◆◆◆◆◆◆


読んでいただき、ありがとうございました。


2022年にカクヨムを始めました。読んでいただき、ありがとうございます。

来年もよろしくお願いします。

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