第31話 創世の女神

「『蘇りの加護』については、もう一つ聞いた話がある。これも別の国の兵士の話だが、『『蘇りの加護』は、創世の女神の悪戯だ』とその男の国では言われているそうだ」




 この世界は創世の女神によって創られたという神話が、どの国にも残っている。

 創世の女神は生命を司る神で、多くの命を生み出すためにこの世界を作った。

 自分の作り出した生命を、女神はいつも温かく見守ってくれている。しかし、その命が暴走を始めると、女神は世界に試練を与える。それは、天災だったり、疫病だったりと、時によって形を変える。

 人間がそれを乗り越えれば、女神は再び世界を見守る。人間が滅びれば……? 女神は新たな世界を誕生させる。

 女神は気まぐれだから、われわれ人間はそれに打ち勝つ知恵を身に付けるよう。そのためには、誰もが努力しなくてはいけない。

 そんな教訓めいた神話を、この世界の誰もが刷り込まれて育つ。




 創世の女神の試練は誰もが知っている話だけど、悪戯は初めて聞いた。フィンも同じだったみたいで、驚いた口元から呟きが漏れた。


「……試練ではなく、悪戯?」

「試練は必ず災害がもたらされ、人々が協力して乗り越える必要がある。だが、悪戯であれば、加護を手にした者が使わなければ何も起こらない」

「『蘇りの加護』という毒を紛らせせることで、世界が毒に侵されるか、毒を排するか、女神は様子を探っているってこと……? 加護を手にした者の良心を、女神は試しているのね……」


 加護を使わず自分の内に留めておければ、何事もなく平和な毎日。だが、野心を持って加護を使ってしまえば、世界が滅びる引き金になるかもしれない。あんまりにも可愛くない結末で、悪戯と呼べるレベルではないと思う……。

 世界を滅ぼさないにしても、二百年前の王のように、自分は滅びる。そして、私も滅びの王女として殺された……。

 これが、悪戯?


「……私は、試された。そして、女神の期待を裏切って、世界を滅亡させるところだった……」

「それは違う! 加護に気付いた時のリズベッド様は五歳だぞ? 自分で判断できる年齢じゃない! 陛下が自分の欲望に娘の力を使おうと、邪な考えを抱いたんだ。女神の期待を裏切ったのは、陛下だ!」

「フィンレイルの言う通りだ。判断力が欠けるのに野心のある陛下バカが、小狡い宰相に相談したんだろう。娘の心の傷など気にも留めないなど、下衆い奴等だ」


 フィンも父も国王や宰相に怒りを向けるけど、私の気持ちは複雑だ。


「二人の言葉はありがたいけど、国王のせいにばかりできない。だって、あの日、私が力を見せなければ、国王は野心を持たなかったはず。私が、父親を狂わせたのかもしれない……」

 ニタリと笑った国王の顔が忘れられない。あの日から、国王の心には化け物が住み着いたのかもしれない。


「子供が大人の心配などするな! 相手が親なら尚更だ! 子供が傷つくのが分かっていて利用する親など、破滅して当たり前だ!」

 怒鳴り声をあげた父は、本気で怒っている。国王への怒りが止まらず、大剣を手に取り国王の下に殴り込みに行きかねない勢いだ。

「そんなクズのことを、過去の記憶であっても父親などと思う必要はない! 自分の娘を守らずに、下らない野心の道具として扱ってきたんだ。もはや親どころか人間じゃないな」 


 父の思いや言葉が嬉しくて、私は父の大きな身体に子供のように抱きついた。

 家族から愛されなかったリズベッドでは、一生言ってもらえない言葉。こんな気持ちがあることだって、分からなかったはず。


「お父様の子供で、私は幸せです。サートンやベニスという大切な家族に恵まれて幸せです」


 私がそう言うと、身体中の空気が絞り出されるぐらいの強い力で父に抱き締められた。苦しいけど、嬉しい。

 リズベッドの時は、愛情を返してもらえることなんてなかった。そりゃそうよね、国王にとって私は利用価値のある道具でしかなかったのだから。


「当たり前だ! あんな馬鹿王族と一緒にされるのは心外だ。ルーは私の大事な娘だ、家族だ。それを忘れるな!」

「はい!」

「しかし……、胸糞悪くて、余計に国王と宰相は野放しにしておけないな!」

「……そうでした。まずはアントンの暗殺と、リズ様とクラウスの婚約を何としても阻止しなくては! お父様、協力していただけますか?」


 私が父を見上げると「当たり前だ」と言って、大きな手が嬉しそうに私の亜麻色の髪を揉みくちゃに撫でる。


「言っていなかったが、私も宰相とは少なからず因縁がある。一番大きいのは、十年前のアッカーベルトへの奇襲だ」


 嘘でしょ? あのゴズレ国とスーレイル国からの奇襲の裏に、宰相がいたの? 全く動いていないと思っていたのに、全然見落としていた……。




◆◆◆◆◆◆


読んでいただき、ありがとうございました。

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