第30話 後悔
相変わらず地味なアッカーベルト辺境伯の執務室は、いつも以上に重苦しい空気に包まれていた……。
その空気を作り出しているのは間違いなく、スヴェン・アッカーベルト。眉間の皺がこの上なく深いだけでなく、右眉がピクピクと痙攣し続けている。いつ立ち上がって、壁に飾られている大剣を手にしてもおかしくない状況だ。
そんな臨戦状態の父に睨まれているのは、もちろんフィン。
最強と呼ばれる男から底冷えする藍色の瞳で殺気を放たれているのだから、恐ろしくない訳がない。それなのにシレっと素知らぬふりを装っているのだから、さすが未来の最強候補というところだよね。
「ルーリーは婚約解消をしたばかりだ。その娘が、こう連日お前に送られてくるとなると、ありもしない噂が立てられると知っているのか?」
「辺境伯に何度も送った手紙で、私の気持ちは分かっていただけていると思っていました。もちろん、噂の責任は取ります」
「はっ? そういう姑息な真似をする男は好まん! ブライアンの息子の癖に、随分と小者じみた真似をするんだな?」
「慎重だと言って頂きたいですね。諦めていた人を手にするためならば、どんな小さいチャンスだって利用しますよ?」
「お前みたいな小者に、可愛い娘をやるものか!」
「……あの、座って話をしませんか?」
私は部屋の中央にある黒い革張りのソファから、二人がいる執務机の奥の部屋の隅に向かって声をかけた。
部屋に入って、最初は三人でソファに座ったはずだった。
なのに二人は立ち上がると、あの通り部屋の奥に行ってしまった。そこで額が当たりそうなほど顔を寄せ合い、何やら小声で呟き合っている。
(何? 軍隊式の挨拶? とても物騒な感じがするけど……)
二人は仲良く同時に舌打ちをすると、やっぱり仲良く同時にソファに座った。私の両脇に……。
これでは話にならないので、そっと立ち上がった私は二人の向かいに座り直した。
「お父様に聞きたいことがあります」
「何を改まって? ルーが聞きたいことなら、いつでも答えるが……。こいつが同席する必要があるか?」
お父様はフィンを見ずに、親指で横を指した。
「もちろんです。ハインス様も協力者ですから」
私の言葉にお父様は憮然とし、フィンはニコニコしている。対照的な表情の二人が目の前にいるのって、なんだか異様だわ。
「単刀直入に聞きます。『蘇りの加護』について、教えて下さい」
父の顔が一気に険しい辺境伯の顔に変わると、部屋の温度も下がったように感じる。
「…………十五年前からの計画に関わることか?」
父の低い声が、部屋の空気をビリビリと震わせる。
そんな父の威圧感に負けまいと、十五年分の思いを込めて私は言った。
「……その通りです。十五年かけて、ここまできました」
『蘇りの加護』について聞くに当たり、まず父に聞かれたことは「知って、どうする気だ?」ということ。
今の私に『蘇りの加護』はない。加護について知ったところで、何もできない。
それでも、私は知りたい。過去の私がなぜそんな力を持っていたのか、どんな力を持って何をしようとしたのかを。
それを知るためには、父を巻き込みたくないなんて言っていられない。アントンと決めていた通り、私達が人生二度目で前回の過ちを繰り返さないために婚約し、新しい未来を創るためにやり直していることを伝えた。
全てを聞き終えた父は、それほど驚いた様子もなく「腑に落ちるな」と一言だけ言った。
十年前に敵国が攻め込んでくると私が予知したことに、父はずっと違和感を感じていた。もしかしたら? という思いが、「腑に落ちるな」という言葉に繋がったのだと思う。
「『蘇りの加護』については、私も詳しく知っている訳ではない。他国の捕虜だった者の中に、加護を使われた兵士を見た者がいた。斬られても射られても、顔を失っても腕を失っても、止まることなく前へ進み、加護持ちが加護を解くまで戦い続ける。戦争というだけでも狂気なのに、戦場を進む赤黒い塊の群れは、異常と恐怖を生み出した。戦争慣れした兵士から見ても、地獄そのものだと感じたそうだ」
荒れ果てた地で、意思もなく、ただひたすらに前に進む赤黒い元兵士達。考えただけで怖いし、悲しい……。
「国のために、家族のために、仲間のために戦って命を失った人の尊厳を汚してまで、人ではないものにして戦わせるなんて……。どうして、そんなことができるの?」
「普通の人間はそう思う。だが、戦いに命が伴っていると思えない者がいる。兵士なんて、書けなくなったら換えればいいペン先か何かだと思っている者がいる。そういう奴が加護を持ったり、時の為政者だった場合は最悪だな」
父の言葉で、私の中で消せない不安がまた湧きあがる。
「国王と宰相にとって、私は道具だった。記憶はないけど、加護を使ったのかもしれない……」
「それはないな。アッカーベルトで『蘇りの加護』が使われたのなら、この私が黙っているはずがない。謁見の際に殺すなんて小細工はせずに、城を攻め滅ぼしているはずだ」
父は拍子抜けするほどあっさりと言った。フィンも「ほらな!」という視線を私に向けると、父の意見に同調する。
「王女の『蘇りの加護』が使われる前だからこそ、加護ごと葬り去ったんでしょうね」
「馬鹿な国王や宰相が国のために戦った兵士を冒涜するのなら、私は容赦しない。適切な判断だろうな」
「国王や宰相を罰しても、また同じことを考える者が後を絶たないのは目に見えていますからね。『蘇りの加護』は、それだけ危険な魅力を持った存在です。加護自体がなくなるのが一番安心だ。辺境伯の判断は正しい。……でも俺は、別のやり方がなかったかと思ってしまいます……」
「アホか! 王女は生まれ変わって自分の娘になるから、私の手で保護しようなんて分かるか! 私達は国を守るために、仲間を守るために最善のことをした。それだけだ」
父にギロリト睨まれたフィンは、何か言いかけて力なく口を閉じうつむいてしまった。
「言いたくないが私だって、フィンレイルと同じ気持ちだ。王女を殺すように指示したのは、この私なのだからな」
殺風景な執務室に父のため息が重く沈む。
「これも、創世の女神の悪戯の一つなのか? 女神とは名ばかりで、魔女にしか思えん……」
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