第29話 蘇りの加護
のっそりとリズ様の私室に入ってきたアントンは、顔色は悪いし何やら不機嫌極まりない。何より言葉の端々に棘があるなんて、能天気なアントンにしては珍しい。
「何? 二人は、いい雰囲気なの?」
「アントンってば、何を言っているの? ハインス様に失礼よ!」
「ルーが王太子の婚約者じゃなくなって、やっと口説けるようになったんだ。今まで散々邪魔したんだから、いい雰囲気になるようアントンも応援しろよ」
その言葉にギョッとした私はフィンを見上げたが、驚くことに真剣そのものだ。その堂々とした態度に、さすがのアントンも毒気を抜かれている。
何だかいたたまれなくなった私は、全身から湯気でも出るように身体中の血液が沸騰している……。フィンはケロリとしているのに、私だけ恥ずかしいってどうして?
「必死過ぎだよ……」
私に憐みの視線を送ってそう呟いたアントンは、気持ちを切り替えるように大きく深呼吸をした。
「まぁ、いい。それはいい、今はね。俺はこの数日、大嫌いな書庫に籠った。この前のルーの記憶を基に、これだという話を見つけた。それを話しに来たんだ……」
そんな大発見をしたのなら、いつものアントンだったら胸を張って鼻高々のはずだ。だが、アントンの表情は、なぜか暗い……。
「リズが死んだカナリアや枯れた花を生き返らせたのは、恐らく極まれに授かる者がいると言われている加護の一つなんだ。国王や宰相がリズに執着した理由はそれだね、きっと」
「私を利用するつもりだったんだね……」
「リズのその加護が特殊だから、絶対に手元から離したくなかったんだろうね」
「特殊というか、恐ろしいよ……。私も自分が怖くなって、自然と記憶を封印したんだと思う」
幼い私は命を失ったものを生き返らせる力と思ったみたいだけど、あの力は違う。生き返らせるんじゃなくて、別の恐ろしい何かに変えてしまうんだ。恐ろしいほどに、死を冒涜する行為だ。
「隠していても、いずれ分かることだと思うから話すね。王族絡みで調べたら、二百年前の王に『蘇りの加護』を持った者がいたという記述があった。その王は戦闘狂で、連戦連勝で領土を広げた。しかし、戦い方が狂気じみていて最後は軍部に見放されて、軍と息子によって処刑された」
「王位剥奪とか幽閉ではなく、……処刑?」
「そう、処刑……」
アントンはチラリと私を見て、言いにくそうに目を逸らした。
「……死んだ兵士を、蘇らせたのね。そして、戦わせた……」
アントンは小さくうなずくと、「『戦場には、赤黒い兵士が溢れていた』と書かれている本もあった」と淡々と言った。
身体中の血が抜け落ちていくようで意識が遠のきそうだ。怖い、怖いけど、自分の過去だ。向き合わないと。
「ルーは前回の自分が、そんな兵士を作ったと思っているんだろうけど、俺はそうは思わない。だって、城に引きこもっていたリズが、どうやって辺境の戦地に行くの? あり得ないよ」
アントンの発言にフィンも同意して、うなずいた。
「俺もそう思う。戦地はあのアッカーベルトだぞ? あの辺境伯が、大事な兵士の命を冒涜するような真似を許すはずがない」
(確かに。お父様が、許すとは思えないけど……)
「リズの力を知っていた国王は、その力を利用しようと思って準備していた。でも、あの人のことだから、それがどこからか漏れたんだよ。そして、辺境伯の耳に入った」
「リズベッド様が『蘇りの加護』を持っていることを知った辺境伯は、加護を使う前に力を封じた……」
そう言ったフィンは自分の両手に視線を落とすと、「家を貶められた復讐と言われるよりはしっくりくるけど……。それでも、やっぱり納得はできないな」と呟いた。
フィンは真っ直ぐな正義を持った人だから、それ相応の理由がないと王女を殺すなんてことはないんだ。前回だってフィンの紫色の瞳は、いつも澄んでいた……。あれ? 澄んでいた、よね?
急に記憶に靄がかかったように曖昧になって、頭が痛い。意識を手放しかけたところで、フィンから名前を呼ばれた。
「『蘇りの加護』がリズベッド様を殺した原因なら、もう少し調べて納得いく答えが欲しい。きっと辺境伯は何かを知っていると思うんだ。ルー、辺境伯に取り次いでもらえるか?」
フィンにそう言われるまで、父が『蘇りの加護』について何かを知っていると頭が回らなかった。『蘇りの加護』を持った私の命を断つと決めたのは父なのだから、何も知らない訳がない。むしろ、誰よりも詳しい可能性が高い。
一番情報を持つ人と毎日顔を合わせていたのに、全く気付かなかったなんて。巻き込みたくないと思うあまり、大事なことまで見落としてしまった。
「私もお父様の話が聞きたい。近いうちに領地へ戻る予定だから、急いだほうがいいわ」
「よし、なら今すぐ行こう! 俺も一緒に行く」
アントンはそう言うが……。
「アントン、自分の立ち位置、分かってる? アントンがお父様に会ったら、殴られる程度では済まないよ?」
「えー、大嫌いな本を漁って調べたの俺だよ? それなのに話を聞けないの? 二度目だって話せば、理解を得られるんじゃない?」
「お父様が怒っているのは、婚約破棄じゃない。私がずっと王家にこき使われていたことや、何より国軍を腐らせた王家と宰相が赦せないんだよ」
自分に降りかかる地獄を想像したのか、アントンは真っ青になっている。
「アントンの言う通り、今すぐ行った方がいいな。俺が行くから、アントンは王太子として適当な指示を出しておいてくれ」
「えぇぇ、嫌だけど、仕方ない……」
「辺境伯に話を聞きに行く前に、俺が護衛の職に就いたことについて、二人に話しておきたいことがある」
そう言ったフィンは座り直して、突然の発言に驚いている私達二人を見た。
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