第28話 新しい関係

 どうして二人と一緒に部屋を出なかったのだろう……。これは、大失態だ。

 自分が選択を誤ったせいで、私の真横に座ってテーブルに片肘をついたフィンに睨まれている。動くこともできず、冷汗が流れ落ちるのを感じるしかできない……。


「ルーは勘違いしてそうだから先に言っておくけど、俺だって王女殿下に恋愛感情を持ったことは一度もない」

「えっ?」

 驚いた私に、フィンは非難の目を向けながらため息をついた。

「この前俺は、ルーとの距離を縮めると宣言したよな? それなのに、どうして俺が王女殿下を好きだと勘違いできるんだ?」

「…………」


 汗が止まらない……。

 これはどういうことなんだろう? この話の流れだと、フィンが私を好きみたいだけど……? 

 いや、まさかね?

 仮に馬車で話した時は私に好意があったとしてもだよ? 前回の私がハインス家にした仕打ちを知った時点で、そんな好意は容易に砕け散ったはず。

 となると、フィンが怒っている理由がさっぱり分からない。

 理由を確認しようと顔を上げるも、険のある視線を向けてくるフィンに怯んでしまう。でも、距離が近いせいか、紫の瞳の中に悲しみが含まれている気がした……。

 私は何か間違えてる?


「あの……、前回の私が、ハインス家にどれだけ酷い仕打ちをしたか話しましたよね? ハインス様にとって、私は憎むべき相手です」

 フィンの眼光がますます鋭くなり、目も細められる。

 怖いけれど、その冷たい視線を受け止めた私に、フィンはとんでもないことを言ってきた。


「前回のリズベッド様が俺を好きだったから、今の王女殿下も俺を好きになると思った?」

「……………………!!」

 私の顔がカッと赤くなり、苛立ちと怒りが胸に広がる。


(こんなに失礼な奴だったなんて、知らなかった!)


「こんなこと言われたら、腹立つだろ?」

「当然です!」

「でも、ルーの言ったことだって同じだ。『前回の俺は怒りに任せて王女を殺したんだから、今回もルーに敵意を向けるに決まってる』ってことだろ?」

「……そんなつもりはないです! ただ、それだけのことを私はハインス様にしたから……」

「したから、何? 俺は前回のことを覚えてないし、その話を聞いたからって俺の気持ちは変わらない。俺は今のルーリー・アッカーベルトが好きなんだ」


(あの話を聞いたのに、私が好き? どうして、そんなことが言えるの?)


「信じられないって顔をしているけど、ルーは前回の記憶に振り回され過ぎているんだ」


 フィンが眉間に皺を寄せて私に近づいてくるから、もちろん私は後ろに引いた。

 なのに、私の座っている椅子のひじ掛けを握ったフィンは、椅子ごと持ち上げて自分と真正面に向き合うように位置を変えた……。


「それだけ前世の記憶に引っ張られているのに、どうして今の俺のことは好きじゃないかな?」

 フィンが本当に困り果てた悲しそうな顔をするから、思わず「そんなことないです!」と言いそうになった自分にビックリした。


「前回と今回は、別の人生なんだよ。混同するな!」

 フィンの表情は怖いほど真剣で、反射的に「はい」と声が出てうなずいてしまう。

「リズベッド様を殺した前回の俺じゃなくて、今の俺をルーに見て欲しい。そう思うのは悪いことか? 俺は過去の罪から逃げているか?」

「過去の罪なんて、ハインス様にはありません! 全て私が蒔いた種です。罪があるのは私だけです!」


 獲物を狙うような険しい瞳が私に向けられる。怖いけれど、私は目を逸らす訳にはいかない。フィンが何を言おうと、何をしようと、彼にはその権利がある。


「悪いのは自分だから何でも受け入れますっていうその姿勢、もう止めて欲しい」

「…………」

「前回リズベッド様は軽率で愚かだったと思う。だからこそ、リズベッド様としてもルーとしても、ずっと後悔して苦しんできたんだろう? もう十分苦しんだんだ。前回のことは終わりにするべきだ」


(……終わり? そんなことが、できるのだろうか?)


「俺はルーリー・アッカーベルトと、新たな関係を築いていきたい」

「……新たな、関係?」

「そうだ。前世を通して俺を見るのは終わりにして、今の俺を見て欲しい。俺は、ルーリー・アッカーベルトをずっと見てきた。だから……」


 フィンが何かを言いかけたところで扉が開き、死にそうな顔をしたアントンがフラフラと部屋に入ってきた……。




◆◆◆◆◆◆


読んでいただき、ありがとうございました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る