第27話 勘違い
特別相談役である私は、今日は朝からリズ様の私室に呼びつけられていた。
何だろう? 特別相談役になってから、やたらと呼び出しが多いと思う……。
王女の私室があるフロアには、城を守る護衛兵は入れず近衛兵のみだ。入り口ではいつも通りリズ様の侍女であるエライザが待っていてくれたのだけど、いつもと違って表情が険しい。
エライザとはリズ様大好き仲間で、私の数少ない親友だ。いつもは友達として微笑んで迎えてくれて、部屋に着くまでリズ様の話で盛り上がるのに……。今日は表情が硬く、話しかけるのも躊躇う雰囲気だ。
(なにごと?)
この雰囲気は部屋に入ってからも同じで、丸みのある白い家具とパステルカラーのファブリックで揃えられた部屋がくすんで見える重苦しさだ。
淡いピンク色のソファに座ったリズ様の後ろにはフィンとエライザが立っていて、向き合う私とは三対一の構図。まるで自分が、被告として裁かれているような気持ちになる。
(こんな裁きを受けるような真似をしただろうか?)
ここ数日間は、先日思い出した過去が重すぎて家に籠っていた。悩んでも結局どうにもならないと思い切り、今日の呼び出しに応えて外出したんだけど……。リズ様に対する失礼が、何かあった? 屋敷にいて登城しなかったから? いやいや、特別相談役である私は、毎日登城する必要はないはず。
私が頭を悩ませていると、目の前のリズ様は憂いのあるため息をついた。よく見れば空色の瞳が、赤い。これは泣きはらした目だ!
「お父様から、クラウスと婚約しろと言われたわ……」
(そうだ! 自分のことで手一杯になっている場合じゃなかった。これがあったんだ……。忘れていたなんて、裁判にかけられても仕方がない)
「リズ様は陛下に何と言われたのですか?」
「もちろん、絶対に嫌と断ったわ! でも、あの人はわたくしの話なんて、まともに聞いてくれたことがない。『王族に産まれたのだから、政略結婚が当然だ。宰相に望まれて嫁ぐのだから、幸せだろう?』って……」
「宰相のため、ですか……」
(宰相と国王、どっちの立場が上なんだっけ?)
「お兄様が嫌がるルーお姉様を選んで我が儘を突き通したのを知っていたから、自分も政略結婚を無理矢理に押し付けられることはないと思ってしまったの。王女として甘いのだと思うけど……」
いつもは完璧な侍女として一歩下がっているエライザが、リズ様の言葉を聞いて涙を拭っている。
エライザの気持ちは分かる。王族の中で唯一リズ様だけが国を思って行動してきた。そんなリズ様にだけ自由が許されないなんてあんまりだ。
「王女殿下のご婚約にわたくしが発言するなど、差し出がましいのは重々承知しております。ですが、これではあまりにもリズ様が可哀相です。やっと好きな方と結ばれると思った矢先に、こんな……」
エライザの瞳からは、悔し涙がまたポロポロと零れている。
泣き腫らした目をまた潤ませたリズ様も、「もう、どうしたらいいのか……」と後ろに立つフィンを見上げた。
それを見ていた私の胸が急に苦しくなって、頭はモヤモヤとイライラしながら納得しようとフル回転している。
(リズ様とフィンの仲は、そんなにも近づいていたのね……。だからフィンは、リズ様の母であり姉である私と距離を詰めたかったのか)
もしかしたら? と勝手な勘違いをした自分が恥ずかしい。そんな気持ちを追い出すために、私はオレンジ色のドレスに皺が寄るのも気にせずにギュッと握り締めた。
リズ様の恋を叶えるために! リズ様を幸せにするために! 私の十五年は、そのためにあった。何としても大至急で宰相を引きずりおろして、二人に明るい未来を歩いてもらわないと!
「三人のお気持ちは、よく分かります。必ずリズ様が想いを寄せる相手と添い遂げられるよう、私も力の限り頑張ります!」
私の宣言に、感極まったリズ様が椅子から私の胸に飛び込んできた。
「ありがとう、ルーお姉様! 王女として許されないのは分かっているけど、宰相のためだけの政略結婚なら、好きな相手に嫁ぎたいわ!」
「リズ様の想いは、ずっと分かっていました。必ずハインス様と添い遂げましょう!」
どうしてだろう?
今私が置かれている状況を、例えるとすると。大盛り上がりで最高潮に達しようとしていた演奏が、突然終了してしまったような状態だ……。
私の胸で顔を紅潮させていたリズ様も、やけに冷めた目で私を見上げてくる。
親友であるはずのエライザも、今まで見たことのない呆れ顔を向けてくる。
フィンに至っては、怒りのこもった視線を感じる。怖くて見れないけど……。
どういうことなの?
「……あ、れ? 私、何か変なこと言いました?」
「言いました!」とばかりに、リズ様とエライザが首を縦に振りたくる。
「ルーってば、鈍いとは思っていたけど……」
エライザはそう言って、ため息をついた。
(えっ? 鈍い? 私が? 人生二度目の、私が?)
恨みがましい目で私を見上げたリズ様は、私に向かってため息と共に驚きの事実を吐き出す。
「わたくしが好きなのは、フィンレイルではないわ。わたくしが好きなのは、サートンよ」
(へぇ、サートン? サートンって、あのサートン? 私の弟のっ?)
「そんなに目を見開いて……。お姉様は、本当に気づいてなかったのね……」
「ルーが王太子妃になるのに、リズ様がアッカーベルト家に降嫁することはできない。そんなことをすれば、貴族のパワーバランスが崩れるもの。そうやって我慢していた恋が、やっと叶うと思った矢先に……」
リズ様とエライザの言葉は、わたしの脳みそを直接殴りつけるような衝撃だった。
(えっ? ずっとリズ様の幸せを望んでいたのに、その幸せの邪魔をしていたのが、まさかの私? 冗談でしょう? 誰か嘘だと言って!)
「ルーお姉様は恋愛に関して疎いとは思っていたけど、ここまでとはね。わたくしとフィンレイルの間に、主従関係以外の何が見えたのかしら?」
「ハインス様が自分に向ける好意を、勝手に取り違えたのかもしれません。ルーだったらあり得ます」
「あるわね、大いにあり得るわ!」
二人は何やら言い合っているけど、ショックの私はそれどころではない。自分の愚かさを呪う。
そんな状態だから、私は気づかなかった。
不自然なまでににこやかなフィンが、二人に部屋を出るように促していることを。
「王女殿下は、衣装室に行く時間じゃないですか? 俺は交代時間ですから、ルーとこれからの作戦を練りますよ」
フィンにそう言われた二人が、私を憐れむ目で見ながら部屋から出たことにも気づかなかった。
「ルーには俺の決死の想いが届いていないようだから、もう一度話し合おうか?」
恐ろしいほどにひきつったフィンの笑顔を前にした私に、もう逃げ道はなかった……。
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読んでいただき、ありがとうございました。
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