第24話 過去の過ち

 驚愕の表情をしたフィンが、隣に座る私を見下ろしている。

「ルーが、リズベッド王女……だった?」

「私が貴方のことを勝手に好きになり、貴方を護衛にしたくてブライアンを陥れました。そのせいでブライアンと貴方は軍を追われ、爵位も剥奪された。ブライアンは英雄だった過去を私に汚され、貴方は軍での夢を私に奪われたんです」


 フィンの日に焼けた小麦色の肌から、血の気が引いていくのが分かる。

 私に向けられた見開かれた瞳は、まだ戸惑いだ。これから怒りや憎しみに変わるけど、私は受け止めなくてはいけない。それが私の受けるべき罰だ。


「ハインス様が覚えていないとしても、私は自分のしたことを覚えています。ハインス家や、それに関わる方々には、いくら謝っても足りないことをしました。本当に申し訳ございません。ですが、私のした愚かな行動に、王太子殿下は全く関係しておりません。どうか、王太子殿下のことは、お助け下さい」

 私は立ち上がり、膝に額がつくまで頭を下げた。


 静まり返った部屋の中に、アントンのため息が響いた。フィンからは何も聞こえない、息をしているのかも分からない。


(フィンに記憶が無いにしても、私の馬鹿さ加減には腹が立つよね。そんな馬鹿に人生を踏み躙られて、悔しいよね。本当に、ごめんなさい)


「前回の記憶がないからこそ、フィンはルーを許せないのかもね?」

「……どういうことだ?」

 フィンのかすれた声が、アントンの言葉の真意を問う。


(何を言う気? 嘘でしょ? ダメ! 止めて!)


 慌てて顔を上げた私は「言わないで!」とアントンに向かって叫んだけど、間に合わなかった。


「リズはフィンに殺されたんだよ」


「アントン! 前回の記憶がないフィンは、知らなくていいことのはずだよ?」


(このことだけは、絶対に知られたくなかった!)


 フィンは目だけでは足りず、口まで開いて呆然としている。

 フィンの中には、前回の記憶は何も残っていない。それなのにリズベッドだった私に未来を奪われた上に、その私を殺したって言われたら驚くに決まってる。

 今は話が聞こえているかだって分からない状態のフィンに、アントンは何でもないように話を続ける。


「戦争の功績を褒賞されている場で、用意周到にリズを殺したんだよ。でもリズにされたことも、自分のしたことも覚えてないんだもんね。俺にはどういういう気持ちか理解できないな……」


(どうしてその話をするの? フィンは被害者なのに、これじゃ加害者みたいになってしまうじゃない!)


「……俺が、俺が、リズベッド様を、殺した?」

「リズは怖くて顔を上げられなかったけど、『滅びの王女よ。仲間の尊厳を守るために、お前には死んでもらう!』って言われて刺されたんだよね? フィンに」


 あっけらかんそう言ったアントンを、私は沸き起こる怒りで睨みつけた。それなのにアントンは、いつも通りどこ吹く風で気にしてない。


「ルーが俺に怯えるのは、俺に殺された記憶があるから?」

「…………」


 私が何も言えないでいると、フィンは両手で顔を覆い天井を仰いだ。


(ほら、全然悪くないフィンが心を痛めてしまった。フィンが苦しむ必要なんてないのに!)


「リズベッドだった私は、本当に愚かだった。ハインス様が罪悪感を抱く必要は全くありません。悪いのは、私です。それに私は罰を受けることを、ずっと待ち望んでいたのです」


(やっとフィンが罰してくれて、私は苦しみから逃れられたんだよ)


 正真正銘の私の本心だけど、フィンとしては受け入れられないようだ。

 そりゃそうだよね? 自分が命を賭けて守っている大切な人を殺したなんて。受け入れたくないよね。

 フィンは間違っていないって、どうしたら分かってもらえるの?


「今の記憶しかないハインス様は、リズベッドといえば、リズ様を想像すると思いますが違うのです。前回のリズベッドは、今のリズ様とは全く違います。どうしようもなく愚かな理由で、ブライアンや貴方の未来を奪ったのです」

「……家が潰されたくらいで、俺がリズベッド様を殺したとは思えない。しかもそのリズベッド様が、ルーだなんて。俺がルーを……」


 私とフィンの間にアントンの両手が差し込まれた。

「終わりが見えないし、何だか長くなりそうだからストップー」


 突然目の前ににょきりと腕が出てきたのと、アントンの場違いな台詞で呆気にとられた私とフィンは動けない。

 勝手に言わなくていいこと話し出したり、話を止めたり。本当にアントンは自由過ぎると思う。


「結論として、フィンはルーとは行動できない? ならルーには領地に帰ってもらおう」

「当然だよ! アントンに必要な人間は私ではなく、ハインス様だもの。私は早急に王都を去り……」

「待て! 勝手に話を進めるな。俺はルーと行動できる。混乱しているだけだ……」

「そう? ならこのまま話を進めるよ」


 私はフィンの言葉に、心の底からホッとした。前回私が死んだのは十九歳。せめてあの日を過ぎるまでは、リズ様の側で無事を見守りたい。それに、今起きている問題も回避したい。


(なるべく距離を置いて視界に入らないようにします。本当に温情に感謝します。ありがとうございます)


「だが、やっぱり俺には納得できない! 俺がリズベッド様を殺したんだとしても、家を潰された恨みで殺すなんて思えない。何か別の理由があるはずだ! それを調べたい!」

「えー? 俺が殺されそうなのに、それ関係ある? 全部終わってからゆっくり調べれば?」

「アントンを殺して宰相の願いは叶ったのに、結局リズベッド様は殺されたんだろ? だったら、なぜリズベッド様が殺されたのかは調べるべきだ!」

「確かに……。アントンが死んで終わりじゃない。リズ様が殺されるかもしれない」


 自分が死ぬ前提で話が進んでいることに、アントンは大いに不満顔だ。

「リズベッドより俺が殺されるのが先なんだから、まずは俺を守ることに全力を傾けろよ!」

「分かってるけど、国に仕える軍人である俺が王族を殺したって聞いたんだぞ? 理由が分からなければ、モヤモヤするし不安だろ? 調べるべきだ! もちろんアントンのこともちゃんと守るから」

「こと『も』じゃないんだよ。俺を守ることが第一優先なんだよ!」

 アントンは叫んだ……。


「まぁまぁ、アントン。ハインス様は必ず守って下さるから、安心して」

「軽い! 軽いよ! 俺とリズの、命の重さは同じかなぁ?」


 不貞腐れたアントンは、完全にへそを曲げている。

 でも、宰相が動き出しているのだから、私達だってできる限りのことをしないと未来は変えられない。


「『滅びの王女よ。仲間の尊厳を守るために、お前には死んでもらう!』って言葉に、私も引っかかる。今すぐ王族専用の書庫を閲覧できるように手配して欲しい。アントン、お願い!」


 私の言葉にアントンは渋い顔をして、「俺、殺されそうなのに、書庫……?」と涙声で言った。




◆◆◆◆◆◆


読んでいただき、ありがとうございました。

本日もう一話投稿します。

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