第23話 最強の助っ人

 突然の急展開についていけない私が呆然としている中、二人の話は進んでいく……。


「二人が婚約破棄した日に、アントンから『多分殺されるから、守ってくれない?』と軽い調子で頼まれたんだ。俺とサートンでこっそり護衛している」

「……サートン? サートンって、サートン? えっ? サートンがアントンの護衛をしてるの? 嘘でしょ……」

「もちろん凄い嫌な顔されたし、最初は断られたよ。でもさ、実力があって信用できる人間って思っている以上に少ないんだよ。まぁ、色々あって、今は持ちつ持たれつ関係かな?」

 そう言ったアントンは、ニヤリと笑った。


 確かに軍は宰相の息がかかった人間が多い。そのせいで実力より家名重視になってしまって弱体化が酷い。

 アントンの命を守るどころか、軍の誰かがアントンの命を狙ったとしても私は驚かない。ただ、その力がある者が、第一師団にいるとは思えない……。

 だとすると、一体誰が?

 

「……ルーが何を言いたいか、分かるよ? でも、まずはフィンの報告を聞いてよ」

 アントンの催促にフィンは、怖いくらい真剣な顔をした。


「俺達が護衛を初めた二週間弱で、アントンに対して三度の暗殺未遂があった。もちろん全て未然に防いでいるから安心して」

「嘘でしょ、三回も……? いくら何でも……」

「敵はもう、俺を殺したくて仕方がないみたいだね?」

「一人は逃げられ、二人は捕まえたけど詳細については何も知らされていなかった」


 暗殺なんて、そう簡単にできるものじゃない。ましてや王太子を狙うのなら尚更だ。警備が厳しく人の目の多い王城に侵入して、未来の王を殺すなんて相当な実力が必要だしリスクが高い。

 そんなリスクを犯す者は少ない上に、腕の立つ暗殺者なんてそう簡単に見つからない。それに、城の中に協力者を作る必要もあるし、婚約破棄してすぐに実行できるなんておかしい……。


「私達が婚約破棄するなんて、誰も知らなかったはず。それなのに、王城に入り込める暗殺者をこんなにも早く手配できるなんて……?」

「だよねぇ、早すぎる。俺達が婚約破棄する前から、俺を殺すつもりだったとしか思えないよね……」

 アントンはお手上げとでも言いたいのか、肩をすくめて首をかしげた。


 私と婚約中にリズ様を女王にする計画が動いていたなんて、それはあまりにもアッカーベルト辺境伯を虚仮にしている。

 いくら国王が考え無しでも、アッカーベルトと戦争するなんて馬鹿なことは考えないはずだ。宰相だって、強欲だけど狡猾だ。何の策もなしに、わざわざ正面からアッカーベルトに喧嘩を売るとは思えない。


「宰相と国王以外の敵が、いるってこと……?」

「……考えたくないけどね……」


(アントンの言う通りで、考えたくない……。今時点でお手上げ状態なのに、これ以上どうしろと? もう前回と話が違い過ぎて、前回の記憶なんて全く役に立たないよ!)


 私達二人が呆然と顔を見合わせて固まっていると、フィンが苛立った声を出した。

「おい、ちゃんと説明してくれ! 二人の周りで、一体何が起きているんだ?」


 私達を取り巻く事件に、フィンを巻き込んでいる。事情を説明するのは、当然だと思う。

 だけど、こんな荒唐無稽な話を信じる?

 もし信じてもらえるのだとしても、フィンには知られたくない。愚かな私がフィンに恋をしたせいで、フィンが全てを失ったことを知られたくない!


 どうしたらいいか分からなくてアントンに助けを求めると、アントンも眉を下げたまま困った顔で私を見ている。

 アントンは私のために、黙ってくれている。私が「言わないで」と首を振れば、アントンは絶対に言わないだろう。


(分かってる。アントンを助けることが優先だ。リズ様が幸せになることが優先だ。それ以上に優先されることなんてない)


 全身に力を込めた私は、アントンにうなずいてみせた。




 アントンから前回の話を聞いている間のフィンは、右手で口元を覆って放心状態だった。

 話を聞き終えると、見開いた紫色の眼で私とアントンを何度も交互に見て「嘘だろ?」と呟いた。


 アントンはフィンに、『この人生は二回目で、前回の記憶があって、人生をやり直している』ことを告げた。

 リズベッドがフィンに恋をして、ブライアンを貶めたことも。そのせいでハインス家が酷い仕打ちを受けたことも。アントンとリズベッドが殺されたことも、全てフィンに伝えた。

 そして十五年前から私と二人でやり直している今は、前回の不幸を繰り返さないために修正して進んできたことも。

 アントンは、全て話した。ただ二つの事実を除いて。


 前回は私がリズベッドだったことと、リズベッドを殺したのはフィンだったこと。この二つの事実を、アントンは言わないでくれた。


 アントンの気持ちはありがたいけど、このままでは私の罪をリズ様に押し付けることになってしまう。フィンとリズ様の信頼関係を壊すなんて、絶対にしたくない。私の罪は、私が償うべきだ。


「ルーは一回目の話の中に出てこないよな? どうしてこんな命懸けの協力をするんだ? アントンのため? そんなにも、アントンが大事なのか?」


 フィンの顔が怖いくらいに真剣で、私は怯みかけた。

 急に刺された胸が痛くなり、苦しくて両手で胸を押えた。指の隙間からぬるりとした血が溢れ出す感覚が蘇る。息ができない恐怖と苦しみが襲ってくる。


(フィンから、逃げてはいけない。逃げたって、苦しいだけだと私は知っている。私はルーリーとしても、フィンに裁かれるべきだ)


 何とか呼吸を整えて、私はフィンを見上げた。

「アントンが、私にやり直すチャンスをくれたんです。アントンは、私にとって大事な人です」


 私の言葉に眉間に皺を寄せたフィンは、目を細めて苦しそうにしている。でも、私には、フィンの様子を気にしている余裕はない。

 大きく息を吸い込むと、私は息継ぎなく一気に言葉を吐き出した。


「私もこの人生が二回目です。一回目の私の名は、リズベッド・ブロイル。ハインス家を貶め全てを失わせた愚か者が、私です」


 フィンの顔が今までで見たことがないほど、強張った。




◆◆◆◆◆◆


読んでいただき、ありがとうございました。

本日二話目の投稿です。

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