第22話 オイゲン・ユーグレート
前回と違って今まで何の動きもなかった宰相が、急に動き出した。
アントンと私が必死に全力疾走している中、ずっと最後尾をのんびり歩いていたくせに気づけば追い抜かされていた気分だ。
「宰相は今回もリズ様を女王にする気なのね……」
「ユーグレート家の血が王家の血に取って代わることが、宰相の悲願だからな」
「リズ様が降嫁しただけでは、ユーグレート家に王家の血が入るだけ……」
「女王となったリズベッドの王配にクラウスになれば、ユーグレート家の血が王家の血と混ざりあう」
宰相は前回も同じ野望を持っていた。
そして、リズベッドが殺されることで、宰相の野望は潰えてしまったはず。
「私達が人生をもう一度やり直してるのって、宰相の執念なんじゃないの?」
「……違うと思いたいけど、それくらいの執着は感じるな……」
まだ昼間だというのに、部屋の中が薄暗く感じられる。得体の知れない不安が背筋を這い上がり、寒さで身体が震える。
十五年の努力が全て無駄だったように思えてきて、自分の無力さに何だか涙が出てきそう。
「十五年かけて、一つ一つやり直してきたはずなのに……。結局、同じ結果に戻ってしまうの?」
「大丈夫だよ。リズベッドは我が儘で孤独の王女にならなかったし、ハインス家だって健在だ。アッカーベルトも十年前の戦乱で力を削がれなかった。俺だって廃嫡されていない。最悪の結果になる流れは断っている」
確かに前回とは変わっていることも多い。でも、大きな流れはアントンとリズ様の死へ動いているように思える……。
それが本当に宰相の執念なんだとしたら、恐ろしすぎる。
前回マーゴを使ってアントンを破滅させ、辺境に送るだけでは足りず暗殺したのは、宰相だ。考え無しの国王を操り、この国を自分の思うままに動かしていたのも宰相。それは、今回だって変わらない。
実質この国を動かしているのは、宰相なんだから。国王は名前だけの存在に過ぎない。そんな存在なのに、宰相はその名前さえも欲しいんだ。
「どうして、今なんだろう? アントンが廃嫡されていないこのタイミングで婚約しても、リズ様を女王にはできないよね?」
「前回はリズが五歳かそれくらいの頃には、クラウスとの婚約話が出ていたよね?」
「話が出る度に絶対に嫌だと言って、大暴れしてやったわ。その後だって何度も何度も『クラウスを婚約者に』って話は出たけど、私は断った」
(しつこくクラウスと婚約させようとするのに、私が嫌がると国王も宰相も怒りで真っ赤になった顔を引き攣らせて引き下がった。でも、あの二人は絶対に諦めず、何度も提案してきたけど……)
「前回の私に比べたら、今のリズ様は完璧な王女よね? なのに、国王も宰相も前回の方がリズベッドの機嫌を取っていたし、執着も酷かった気がする。どうしてだろう?」
「前回と今回では、全てが同じという訳ではないからねぇ」
「だとすると、一番の違いは私がリズベッドじゃないことだよね? リズベッドだった私に、何かがあった……?」
「……うーん? 気になるけど、今は置いておこうか?」
(確かに今考えることではない……。でも、アントンの顔が引きつっていると思うのは、気のせい?)
「今回はリズベッドが拒否したところで、婚約話はなくならないな。今時点でリズベッドが知らないなんて、宰相達は勝手に話を進める気なんだ」
「どうして今、そんな強引なことを? 国民の期待を背負った王太子がいるんだから、リズ様は女王じゃなくて降嫁することになる。それじゃ宰相悲願の、王家の血がユーグレート家の血にはならないのに」
「降って湧いたみたいに話が出てきたわりには、今はいい時期とは言えない。それなのに強硬に進めるということは……」
アントンは足元に向かって息を吐き出すと、ゆっくりと顔を上げた。
「リズベッドを女王にする目途が立っているんだろうな……」
(それって……)
私を見るアントンの目は、いつになく厳しい。
「ルーと婚約破棄してから、暗殺者に何度も狙われているんだよね。実は」
そう言われた瞬間に、思わずアントンの足があるか確認したのは仕方がない。
護身術といっても、相手と戦うんじゃなくて縄抜けの練習をしている人だよ? 暗殺をかわせると思いますか?
私の視線に気づいたアントンは、両足をぶらぶらと揺らした。
「安心して、幽霊じゃないよ? ちゃんと生きてる」
「まさかと思うけど……縄抜けで、暗殺者を撃退したんじゃないよね?」
「とっても残念ながら、縄抜けは使うチャンスがないんだよねぇ。暗殺者からは、最強の助っ人に守ってもらってる!」
アントンは自信ありげにニッコリと微笑むけど、私は大混乱だ。
(アントンは既に何度も殺されかけていて、最強の助っ人に守られてる?)
想像以上の急展開に頭が真っ白になっていると、執務室の扉がノックされた。
執務室に入ってきたのは、フィンだ。
リズ様の護衛であるフィンが単身でアントンのところに来るなんて、最強の助っ人がフィンだと教えてくれたも同然だ。
(どうしてフィンなの? 私達に関わらせたらいけない人だよ!)
不信感で一杯の顔をアントンに向けると、満面の笑みでバチンとウインクされた。意味が分からない。
そんな私達の遣り取りを不思議そうに見ているフィンは、なぜか私の隣に腰を下ろした。向かいのソファ空いてますよ?
「やっぱり、ルーも関わってる話だったんだ」
そう言って紫の瞳で覗き込まれるけれど、状況を把握できていない私は完全にアワアワしている。もちろん、話にも距離の近さにも……。
「フィンの話は、まだルーにはしてないんだ」
アントンはフィンに向かってそう言った。
そして、次は私を見て「俺達の秘密も、フィンには話していない」と堂々と言った……。
(それ、言ったも同然じゃん)
◆◆◆◆◆◆
読んでいただき、ありがとうございました。
本日もう一話投稿します。
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