第20話 フィンレイル・ハインス
馬車で向かい合ったフィンが、長い足を組んで笑いを堪えて私を見ている。
何これ? 友達みたいな感じで、非常に困る。
まぁ、そんなくだけた態度おかげで、いつもの脅えが半減してますが。そうじゃなければ、一緒の馬車になんて怖くて乗れなかった。
今まではリズ様の侍女(私の気持ちの上で)と護衛という距離感が保たれていた。何が起きたのか今までと違って、雰囲気とか話し方とか距離が近くなっている。私はどうしたらいいか分からない!
「王女殿下に言い負かされたのがショックだった?」
「……えっ? あぁ、まぁ、そうですね……」
(いえ、この距離感に違和感があって、そんな記憶飛んでいましたよ。でも、まぁ、リズ様が言い出したことは衝撃的だったけど……)
「お姉様に言い寄ってくる男性が多くて、危険なのです!」
いきなりそう言われた私は、驚くやら笑えるやらだったんだけど。そんな私を見たリズ様は、烈火のごとく怒ってた……。
「お姉様は今まで、あのどうしようもないお兄様を支えることに徹してきました。だから、世間からは献身的で優しく儚い方だと思われているのよ。実際は芯がしっかりしているけど、見た目が可憐で可愛らしいから、そっちに引っ張られるのよね。だから強引に攻めれば自分のものにできると思う大馬鹿者がたくさんいるの!」
なぜか侍女や護衛もリズ様の肩を持ち、誰も私の話を聞いてくれない。
そんな人がいる訳ないのにとポカンとする私を置いて、リズ様達は帰っていった。本当にフィンを残して……。
おかげで馬車にフィンと二人。
私がどんな危険な状態か知らないけど、前回の人生で自分を殺した人と密室に二人っきり。精神的には、今が最も危険だわ。
「王女殿下の言うことに嘘はない。ルーリー嬢に声をかけようと孤児院の前をうろついている奴等を、何人か追い払った」
「えっ? そんな人が本当に?」
「アッカーベルト辺境伯を通さずに、直接貴方に会ってどうにかしようと考えている馬鹿が実際にいるんだ。理解した?」
「……実感はないのですが、理解はしました。私のせいでハインス様のお手を煩わせて、申し訳ございません」
(あれ……、今は謝罪するところよね? お礼が正しかった? どっちにしろ、何か気を悪くするようなこと言ったかな? あの深い眉間の皺は私のせい? すっごく怖いんだけど)
自慢じゃないけど前回も今回も男性に言い寄られたことなんてない。実感なんてないけど、気をつけようとは思った。だって、色々問題を抱えている身だもの、気をつけるに越したことはない。
もちろんリズ様の護衛であるフィンに迷惑をかけて申し訳ないと反省もしてる。それを伝えただけだよね?
初めてまともに喋って、初手で怒らせるって……。前回は殺されただけあって、今回も相性最悪ってこと?
「ルーリー嬢の警護をしたいと俺が望んで、王女殿下に申し出たんだ。謝ってもらう必要はない」
「望んで? ハインス様ほどの実力者は、リズ様の側を離れるべきではないと思います」
(……しまった。つい上から目線で言ってしまった。だって、リズ様の方が、フィンに守られるべき命でしょ?)
遅ればせながら口を両手で押さえたけど、フィンからはギロリと睨まれた。
「王女殿下の警護体制は万全だ。俺一人抜けたくらいで問題はない」
「近衛の方の努力は、近くで見てきて知っています。警備に落ち度があるなんて思っていません! 私のような一般人の警備なんてさせるのが心苦しいことを伝えたかったのですが。不快にさせて、申し訳ございません」
(嫌われたい訳じゃないのに、結局はこうなってしまうのよね)
もう余計なことはしゃべらないと決めて、私は足元に視線を落とした。
残念なことに家まではまだまだかかるけど、下手なことを言ってこれ以上怒らせたくない。それじゃなくても、もう十分に恐怖で鼓動が早い……。
「違う、怖がらせたい訳じゃない。ルーリー嬢の警護を希望したのも、聞きたいことがあったからなんだ。ルーリー嬢と二人で話がしたかっただけなんだ」
向かいから聞こえるフィンの声は、困っているのか弱々しい声だ。怒っている訳ではなさそう……?
そっと顔を上げると、眉を下げて弱り切った顔のフィンと目が合ってしまった……。気まずくて目を逸らそうとすると、慌てた様子でフィンが前のめりに顔を近づけてきた。
「初めて会った時から、俺に怯えているよな? 確かに俺はでかいし、顔も厳つい。でも、アッカーベルト辺境伯ほどじゃないだろう? なのにどうして、ルーリー嬢が俺を恐れて避けるのか教えて欲しい。今後、気をつけるから……」
「……」
この質問は、聞かなかったことにできない? 絶対に答えられない質問だよ?
『いやぁ、前回に貴方に殺された恐怖で……あはは』
なんて言える? 言える訳がない!
「アントンはもちろん、クラウスとだって問題なく話せるのに、俺だけ怯えられ距離を置かれているだろう?」
フィンは悲しそうにそう言うけど……。
(それが、貴方のためなんです! 私と関わったら、前回のようにまた未来を奪ってしまうかもしれない)
「……ハインス様の夢は何ですか?」
「…………」
突然の私の質問に、さすがのフィンも面を喰らっている。
私自身も何でこんな質問をしたのか分からない。
「……色々あって護衛をしているけど、俺は父以上の軍人になりたいと思っている」
真っ直ぐに返ってきた答えは、前回と同じで私の心を抉る。
(前回もその夢を叶えたよ。でも、きっと嫌な思いをたくさんして、汚いこともさせられたはず。それでも、フィンのその紫の目は真っ直ぐだった。私に足を引っ張られたのに、間違ったことは、何もしなかったんだよ……? どうしたんだろう? キリキリと頭が割れるように痛い)
急な頭痛は私の心を急に黒く包んで不安にさせる。それを断ち切るように私は、頭を振った。
今度こそ、フィンに必要のない苦労なんてさせたくない。
『ハインス様が闇に触れることなく、清廉なまま夢を叶えるためには、私と関わらないのが一番なんです』
そう言えるものなら、言いたい……。
「軍人は恐れられるくらいじゃないといけないと、父が言っています。ハインス様は、素晴らしい軍人になるんでしょうね」
私は勇気を出してフィンの目を見て微笑んだのに、フィンは相変わらず眉毛が下がったままだ。
「それは俺の質問の答えにならない」
「…………」
(どうすればいいの? フィンのことが怖いけど、理由は言えない。フィンのために距離を置きたいけど、理由は言えない。出口がない……。なのに、入り口にはフィンが立ちはだかっていて、逃げられない)
「俺が怖いなら、俺に慣れて」
「へっ?」
「生まれてからずっと辺境伯を見てるんだから、怖い顔に耐性はあるだろ? 毎日会って、毎日話をしよう。そうすれば、慣れるだろう?」
「えっ? あの……、あれ?」
「まずは呼び方だな。俺はルーって呼ぶから、ルーはフィンって呼んで」
「……あの……、慣れる必要、ありますか……?」
「ルーはアントンの婚約者じゃなくなったんだから、俺が近づいたって構わないだろう?」
(……構うよ。いや違う、困るよ。私はフィンの未来を破滅させる存在かもしれないんだよ? 今まで通り、距離を置こうよ)
「あの……、どうして、隣に移動を? 向き合って話しませんか? ちょっと、距離が、近い……」
「敬語も止めて。色々距離を詰めようと思ってるから、この距離感にも慣れて」
あまりにも唐突な提案と行動に、私の思考は止まった。
フィンは色々提案をしていたみたいだけど、全く耳に入ってこなかった……。
◆◆◆◆◆◆
読んでいただき、ありがとうございました。
本日もう一話投稿します。
よろしくお願いします。
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