第19話 孤児院への慰問
「お姫様達、綺麗だなぁ」
「わぁ、騎士様もいる!」
「やったぁ! お菓子だぞ!」
リズ様がシスターにお菓子を渡すと、遠巻きに私達を見ていた子供達が、ワッとシスターの下に駆け寄っていく。
孤児院の待遇改善はされているはずだけど、おやつにまではなかなか手が回らない。滅多に口にできない甘いお菓子が、お姫様よりも騎士様よりも人気なのは当然だ。
そんな中、この孤児院では年長に当たる十二歳のマリーは、お菓子ではなく私のところに来てくれた。恥ずかしそうに、誇らしそうに頬を上気させて私に微笑みかけてくれる。
「前にルーリー様が読んでくれた本、私、小さい子達に読んであげてる」
「文字の勉強をして、小さい子の子守りもするなんて、マリーは偉いわ。今日は新しい本を持ってきたから、わたくしと一緒に読みましょう」
マリーが抱きついてきたのを、護衛もシスターも慌てて止めようとしたが、私はそれを目で制した。
せっかく喜びを表してくれているのに、それを受け止められない王妃のような人間にはなりたくない。そんな目にあう子を減らしたくて、孤児院への支援を始めたのだから。
自分のような親から捨てられた子供を助けたいと、孤児院の改革と慰問を始めたのは十年前から。
もうアントンの婚約者じゃなくなったので、この事業も誰かに任せないといけないけど……。自分の利益ばかりしか頭にないこの国の貴族では難しい。新しい仕組みが必要だけど、きちんと取り組める人材がいない……。
そんなことを悩んでいる暇もなく、私の周りにはマリーの他にも子供達が大勢集まってきた。
シスター長達と打ち合わせを終えると、子供達を見たフィンが感心している。
「孤児院の子供達は以前に比べると体つきも、着ている物も良くなりましたね?」
「ルー姉様が十年もかけて改革したのよ! 当然よ!」
「王女殿下は何もしていないのに、なぜ随分と偉そうな顔をしているのですか?」
「……わたくしは何もしていないけど、大変だったって話は至る所で聞いているわ。こんな偉業を成し遂げられるのは、ルーリー・アッカーベルトだけだって!」
リズ様とフィンの会話をニコニコ聞いていたシスター長が、話をまとめるように割って入った。
「一緒になって畑を作って自給自足から始め、販売できるまでにした。読み書き計算を教え、少しでも待遇の良い仕事に就けるよう手助けをしてくれた。子供達の自立を考えての援助なんて、時間とお金と根気が必要です。なかなかできることではないですよ」
他のシスターたちも、シスター長の言葉にうなずいている。みんなの熱い視線が私に集まって、本当に困ってしまう。
「みんなで止めて下さい、恥ずかしい」
顔が熱くて仕方がない私がそう訴えても、シスター長は慈悲に満ちた笑顔を向けて、まだ続ける。
「まだ幼い、ここの子供と歳の変わらないルーリー様が、『お金を渡すだけでは、悪い奴がかすめ取っていく。子供達に役に立つようにお金を使いたい!』と言われた時は驚きました。実際に国からの補助金は、悪い貴族に奪われていましたから。ルーリー様はそんな輩もみんな正して下さった」
子供の私にそんな力はなく、実際に動いてくれたのは父だ。
この国の貴族は、弱い者からも平気で奪い取る。そして、それを誰も咎めない。政治も貴族も腐り切っている。
「事業としてだけでなく、子供達にも心を配ってくださっています。子供達に寄り添われるルーリー様は、私達から見ても女神ですよ?」
(シスター長、もういいです。止めて下さい……)
シスター達の感謝の視線に見悶えている私に、リズ様が追い打ちをかけてくる。
「子供達の気持ちは、わたくしにも分かります。真っ直ぐに前を見て進めるのは、後ろで温かく背中を押してくれる人がいるからです。わたくしにとっても、それはルーお姉様でした」
(リズ様、そう思ってくれて嬉しいけど、尊敬の眼差しで見上げるの止めて! 恥ずかしいから! 前の私のような子供を一人でも減らしたかっただけです)
「……誰だって自分を受け止めてもらいたいものです。わたくしなんかよりシスターたちの方が、よっぽど実践されています。王太子殿下だって……」
あれ? 何度か一緒に来たけどアントンってば、どうしてたっけ?
アントンの名前が出るとシスター長は困り顔で、目が泳いでいる。
「……王太子殿下は……、そうだ! 子供と同じ目線で一緒に遊んでくださいます。この前も、『新しく縄抜けの術』を身に付けたって披露してくださいましたよ!」
私達三人は遠い目になって、固まった。
「それ、王太子が教えることなのかしら……?」
リズ様が声を震わせてそう言うと、フィンは「殿下は今、護身術にはまっていますから……」と呟いた。
「護身術って、相手を撃退する方法でしょ? 最初っから捕まる前提って……?」
リズ様の疑問は、みんなの疑問だ。
全員の頭に「?」がよぎる中、昼食を終えた子供達が戻ってきて私達はまた連れ出された。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、もう帰る時間だ。
王城ではなくアッカーベルトのタウンハウスに帰る私は、家の馬車を呼んだはずなのに、来ない……。
我が家の使用人は元軍人が多く、時間等には非常に厳しい。こんなミスはあり得ない。途中で何かがあったのかもしれない。
不安に思っている私に、リズ様が事も無げに言った。
「アッカーベルト家の馬車は、わたくしが断っておいたの」
「えっ? どうしてですか?」
「私の馬車二台で来ているのだから、ルーお姉様は一台を使って帰ればいいでしょ? わざわざアッカーベルト家から馬車を呼ぶなんて、非効率的よ」
「っぶふっ」
リズ様の言葉にフィンが吹いたのは、「非効率的よ」が執務の際の私の口癖だからだ。しかもリズ様は、私の口調まで真似ていた……。
リズ様がニヤリと淑女らしからぬ笑顔をフィンに向ける。
「護衛はフィンレイルがするわ」
「えっ? 何を仰っているのですか? ハインス様はリズ様をお守するのが仕事。そんな大事な方を私につけていただいて、リズ様に何かあったら私は生きていられません!」
「お姉様は何も分かっていない! 今危険なのは、わたくしよりも、ルーお姉様なのよ?」
リズが腰に手を当て怒り心頭だ。フィンも珍しく、リズの意見にうなずいている。他の騎士達も同じだ……。
どうして私が、危険なの?
◆◆◆◆◆◆
読んでいただき、ありがとうございました。
本日二話目の投稿です。
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