第16話 ルーリーの決意
人払いさせた温室で、私と第一王子は向き合って座っている。
色とりどりで様々な形の花が咲くこの場所は、リズベッド時代の私のお気に入りだ。置いてある植物も何も変わらず、あの頃のままだ。
温室に特別に設けられたテーブルセットの上には、子供好きしそうなお菓子が並んでいる。
昨日までなら喜んで食べたけど、リズベッドの記憶を取り戻した私には幼過ぎる。そして、そのお菓子を見ると王城での幼少期の記憶が思い起こされて、気分が悪くなる。
私の顔色で分かったのか、第一王子がお菓子を見えない場所に片付けてくれた。
「……思い出したんだね、リズ」
「……生まれてから殺されるまでを夢で見ましたよ。私は今幸せなので、思い出したくなかった!」
私は文句を言っているのに、第一王子は目に涙を浮かべて「思い出してくれたのだな!」と飛び上がってガッツポーズ……。
相変わらずのマイペースっぷりに、私は早くも頭が痛い。そういえば人の話を聞かない人だったよね……。
人の話を聞かない第一王子は、なぜか誇らし気に胸を張る。
「俺の場合は前回も同じ人間だった。アントン・ブロイルとして二回目の人生だ」
(今聞きたいのは、そんなことじゃない!)
「どうして、こんなことになっているんですか? どうしてリズベッドだった記憶を持って、もう一度別の人生を生きているんですか? どうして!」
「それはさっぱり分からない。リズがそれを疑問に思うのは当然だけど、それよりも切迫して解決しないといけないことがあるんだ!」
そう言った第一王子が、捨てられた子犬のような目で私に縋ってくる。
(この問題より重要なことがあるの? 嘘でしょ? これ以上? 殺されたのに、別の人間に生まれ変わった以上の問題って何? 知らなくていいなら、もう知りたくない!)
私は聞きたくないのに、目に涙を溜めた第一王子は椅子から立ち上がると、髪を掻きむしって叫んだ。
「このままでは俺は国のお荷物だと罵られ、卵や生ごみを投げつけられる! 助けてくれ、リズ! 頼れるのはお前しかいない!」
「…………」
いやいやいや、おかしい。色々おかしい。
二度目の人生を生きているという謎より重要? 腹が立てるのも馬鹿らしいぐらい比べ物にならない。……腹立つけど!
とにかくこの会話で、この人は役に立たないことが分かった。何で二度目なのかを考える気もないと分かった。
第一王子は何か知っていると思ったのに、まさかこんなとは……。
いや、まて、私。
この人はこんな人だったじゃないか! 人に頼ってばかりで、自分では全く動かない人だった!
そもそも私達は元々仲の良い兄妹なんかじゃなかった。
兄は隣国の巨乳散財馬鹿女にまんまと騙されて、国家予算を湯水のように貢いでしまった。見かねたブライアンが何度も諫めてくれたが、盲目的に恋をしてしまった兄は聞く耳を持たなかった。私はそんな兄を軽蔑していた。
そんな関係なのに、どうして助ける必要が?
(私が孤立した時に何かしてくれた? 自分だけは助けて欲しいなんて、都合が良すぎるでしょう?)
「マーゴと結婚しないように、近づかなければいいだけじゃない!」
「俺だってそう思うよ? でもまた、シリングス国に無理矢理マーゴを押し付けられたら? もう一度同じ人生を歩んでいるんだから、知らない内にまた結婚しちゃったらと思うと怖いんだよ! 助けてよ、俺達兄妹だろ?」
「いや、今、兄妹じゃないし……」
「リズゥゥゥゥゥゥゥゥ」
第一王子は私から視線を逸らさずに、泣き出した……。人生二度目だと、あざといよね。
マーゴとはシリングス国の第二王女だ。小柄なのに巨乳で、巨乳なのに愛らしい顔。という見事な男心をくすぐるアンバランスさを兼ね備えた無能王女。食らいついた相手にいかに金を使わせるかしか考えておらず、父親であるシリングス国王も持て余したていた。
嫁に出したいが、悪評が立ちすぎてどこの国ももらってくれない。なのに、たった一人世間知らずの馬鹿が、マーゴの男を誑し込む手腕にまんまと引っかかった。
この目の前で泣き崩れる男が、その馬鹿だ。
「廃嫡されて辺境に行くのはいいよ? 俺は国王なんて向いてないし、やりたくないからね。だけど、国家予算を湯水のようにマーゴに貢いで、国民たちから総スカンを喰らいたくない。生卵やら生ごみを投げつけられる生活は嫌だよ」
マーゴに国家予算をつぎ込んだ兄は、横領の罪に問われ廃嫡されて辺境の地に送られたのよね。マーゴは金のない兄に見切りとつけて、あっさりとシリングス国へ帰っていった。
まぁ、使えるだけ国の金を使ったものね。
「辺境の民からも嫌われて虐められたけど、まぁいいよ。なんだかんだでのんびり生きていたからね。でも、マーゴとだけは関わりたくない! お願い、リズ、マーゴが結婚するまでで構わないから、俺の婚約者になって! 俺を助けてよ!」
(この人は前世と変わらない……。何て自分勝手、何て他力本願……)
呆れ切った私は、もちろん断って温室から出て行こうとした。
「リズベッドは三歳だけど、昔の君と同じで我が儘の癇癪持ちだよ」
その言葉は私を引き留めるのに充分だった。
「そのリズベッドが、私と同じ未来を辿ると?」
「母は相変わらず無関心、父も今回ではなぜか無関心、俺はこの通り頼りない。どうなると思う?」
「……」
(最悪な毎日と、最低の最期に決まっているでしょうね……)
「でも、俺の婚約者になって城に通えば、毎日リズベッドに会えるよ? 君の手で、今のリズベッドの未来を変えられるかもしれない」
「私が、リズベッドの未来を……?」
「リズベッドを助けられるのは、リズだった君だけだよね?」
そう言った第一王子は、空色の瞳をくるくると揺らして悪戯っ子のように微笑んだ。
私がリズベッドだった時に何度も見た、「狡い笑顔」だ。愛くるしくおバカな兄に、この顔をされると誰もが言うことを聞いてしまう。
(今のリズベッドは何も悪くないのに、私の代りに苦しむの? リズベッドに私と同じあの未来を進んで欲しくない。今度こそ、幸せな未来を掴んで欲しい。第一王子の言う通り助けてあげられるのは、誰よりも彼女を知っている私だけだ!)
「分かったわ、マーゴが結婚するまで、第一王子殿下の婚約者になる」
私の決心は軽はずみだったのかもしれない。「人の人生より、まず自分だろ?」と言われるかもしれない。
だけど、リズベッド・ブロイルは、自分が不幸になるだけではない。ブライアン親子だって巻き込んでしまう。もう、二度と、二人に迷惑をかけたくない。
フィンには回り道せずに、真っ直ぐに自分の望んだ道を進んで欲しい。
そして、リズベッドにだって、周りから愛される子になって欲しい。フィンへの愛情を暴走させずに、正しく伝え、選んでもらえるようになるなら最高だ。
私では叶えられなかった未来を、リズベッドには歩いて欲しい。
絶対に暗闇の中に一人になんてしない!
◆◆◆◆◆◆
読んでいただき、ありがとうございました。
本日二話目の投稿です。
過去はここまでで、もとの時間軸に戻ります。
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