第15話 王命

 焦げ茶色の装飾の少ない家具が置かれ、からし色のカーテンから朝日が少し入り込んでいる。

 子供の部屋とは思えない落ち着いた色合いだが、ここは間違いなくルーリー・アッカーベルトの寝室だ。

 

 ベッドから転げ落ちながら鏡を確認すると、ルーリー・アッカーベルト七歳が涙を流している。

 ルーリーであること、生きていること、目が覚めたことにホッとすると、余計に涙が溢れきて、私は声をあげて泣いた。

 後悔、恐怖、安堵、七歳の私では分かりようがないはずの気持ちが、自分の中に渦巻いている。

 でも、リズベッドとしての十九年を生きた私には、分かる……。


 あの夢は……?

 信じられないほど、生々しい夢だった。

 私のこの手が、胸から溢れる生暖かい血の感触を覚えている。息ができない苦しみを身体が知っている。大切な人達を自分の手で失った愚かさを、私の全身が後悔している。


「……違う! 私は、ルーリー・アッカーベルト」


 間違いなく私はルーリー・アッカーベルトだ。

 なのに、ルーリー・アッカーベルトの前は、私はリズベッド・ブロイルだった。あの夢の通り愚かな人生を送り、フィンに殺された。

 リズベッドとして死に、ルーリーとして二度目の人生を歩いている。

 嫌なのに、否定したいのに、私はそれが事実だと知っている……。


 叫び出したいくらいに怖いのに、この事実は誰にも言ってはいけないと心が止める。

 この話をしてもいいのは、きっと一人だけ……。




 至急第一王子に会わなくてはと、私は家族がいるはずの食堂に向かった。だが、途中のサロンで、父と祖父母が大騒ぎをしている。


 父だけでなく祖父も軍人として、アッカーベルト辺境伯軍を率いてきた強者だ。多少のことで動揺したりしない。それを支えてきた祖母だって同じだ。

 その三人が頭を抱えて、各々怒り叫んでいる……。初めて見る異様な光景。

 そんな場所からひょこりと顔を出したベニスが、スッと部屋の外に出て私の下へ駆け寄ってきた。三人のように叫んではいないが、ベニスの顔だって青ざめて困惑している。


 何かあったのは明らかだ。

 敵が攻めてきたのではない。そうなのであれば、戦いに備えた父やベニスが屋敷にいるはずがない。

 父達の頭を悩ませる、別の何かが攻めてきたんだ。


「……何があったの?」


 私の質問に困ったように頭をかいたベニスは、一度サロンを見回したが、三人が説明できる状態ではないと判断した。

「お嬢、驚くな」

「うん。分かんないけど……」

「王家から、お嬢を第一王子殿下の婚約者にする王命が書状で届いた」


 ベニスが目を剥いた。

「…………驚かないな!」

「えっ? あぁ、驚いたよ?」


(嘘だ、驚かなかった)


 昨日の第一王子の態度に加えて、とんでもない夢を見た。

 婚約とまでは思わなかったけど、第一王子が私を呼びつけたい理由は分かる。だって、私も同じ気持ちだから。第一王子に会って、何がどうなっているのか話してもらわなくちゃ。


 そう思っていたら、突然ベニスが膝をついて床に額をつけるほど、頭を下げる……。どうしたの?

 私が呆然としていると、頭を下げたままベニスは震えている。


「俺がお茶会に行かせたせいだ。本当に申し訳ない。俺のことは、お嬢が思う通りに処分してくれていい!」


 いつも飄々としていて、私を揶揄って遊ぶようなベニスが? 私に頭を下げている?

 いや、そんなベニスだからだ。

 弟を守るための術が分からず困り果てた私に手を伸ばしてくれたのは、ベニスだった。それからずっとベニスは、私は私を見守ってくれていた。どんなに困っても、ベニスが隣にいてくれるだけで私は心強かった。

 だからこそ、望まない婚約をさせられる私を案じて、自分を責めているんだ。


 ベニスは自分を責めているけど、絶対に彼のせいではない。これは、私と第一王子の問題だ。

 なのに、この雰囲気では、ベニスは「処刑してくれ」とか「軍を辞めてこの地を去る」とか言い出しかねない。

 大好きなベニスがいなくなるなんて……。それは、困る……。またしても、大問題に直面だ。とりあえず、阻止しなくては!


「ベニスが言わなくたって、お茶会に行かない選択肢はなかったよ。それにね、もし仮にお茶会に行かなかったとしても、この結果は変わらない。あの五人の中で私が一番優秀だし、アッカーベルトが一番国の役に立つもの。ベニスを私の思う通りにしていいのなら、今まで通り一緒にいて。絶対に勝手にいなくなったりしないでね? 絶対だよ!」

 私はベニスに口を挟む機会を与えず、一気に言い終えた。

 一晩で急に大人びた私に驚いたベニスは、その場から動けなくなっている。


 固まったベニスを廊下に置いた私はサロンに入ると、慌てている三人の間に立った。

「お父様、おじい様、おばあ様、何がどうなっているのか意図を知るためにも、私は第一王子殿下に至急お会いしたいです!」

「えっ? 昨日は二度と顔も見たくないと言っていたのに?」

 滅多なことでは驚かない父が、目を丸くしている。


(うっ! 昨日は夢を見る前だから仕方ない!)


「……王命とあれば、このまま放っておく訳にはいかないですよね?」


 父と祖父は放っておこうとしていた! 気まずそうな顔がそう言っている。

 それを見て、ため息をついた祖母が私の味方だと隣に立ってくれた。

「ルーリーが一番冷静に物事を見ています。この子の言う通りにしましょう」




◆◆◆◆◆◆


読んでいただき、ありがとうございました。

本日二話投稿します。

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