第14話 リズベッドの最期

 自分が犯した過ちの顛末を知った私は、父である国王の下へ走った。

「待って! お父様! わたくしが勝手に一人になって、勝手に抜け出したの! ブライアンは何も悪くない! わたくしが護衛をフィンにして欲しくて馬鹿な真似をしたの! お願いだから、この厳しすぎる処罰を撤回してください!」


 泣き叫ぶ私に、国王は今まで一度も見せたことのない冷淡な目を向けた。それに驚いた私が動けなくなっていると、ゾッとする低い声でこう言った。

「国王が一度発した言葉を、取り消せと?」


(私の知る父親は、私に甘くて頼りない人だった……。その父は、もう、いない?)

 

 大きな窓から西日が差し込んでいて、父の後ろには長い影が廊下の奥にまで伸びていた。私にはその影が、闇から這い出てきた恐ろしいものに見えた。私を振り返ることなく去って行く父の影に何かが蠢いているように思えて、私は暫くその場に立ち尽くして動けなかった……。


 この時既に、何かが崩れかけていたんだと思う。

 それなのに愚かな私は、何も気づけなかった。自分の迫る危機にも気付けなかったのだから。




 国の英雄と呼べる軍人が栄誉を奪われた。父親と同じように、それを超える存在になると期待された息子は、未来を断たれた。

 それは全て、愚かで我が儘な王女の軽率な行動によって引き起こされた。

 王城にいる誰もがそう思い、王女に対する不満が募る。

 誰も私には話しかけないし、蔑みの視線しか向けない。

 なのに、私を叱る者は、誰もいない……。


(冷たい視線を投げつけられるだけで、何も言われないのは辛い)


「お前の愚かな行動で、ブライアン親子の人生が壊された! 償え! 代わりにお前が全てを失え!」

 誰でもいいから、そう叫んで欲しい。

 お願い、誰でもいいから、私を罰して!


 ブライアン親子のために何もできず、罪悪感ばかりが増していった。

 その思いを吐露できる相手がいるはずがなく、城で冷遇され続ける私は今まで以上に孤立した。

 不甲斐ない私は人々の悪意に勝てず、現実から逃げるように次第に心を失った。暗い闇の中に一人で閉じこもる毎日に、何も感じなくなるほどに。

 時折国王が来て、何かをさせられた気がするけど覚えていない。心がないのだから、当然だ。

 どうしてこんな状況に追い込まれたのかなんて、心がないのだから考えるはずもなかった。




 私が暗闇の中に逃げ込んで、三年が経っていたらしい。

 十九歳となった私は、いつの間にか時期女王となることが決まっていた。

 いきなりそんなことを知らされた私は、謁見の間に連れて行かれ国王の隣に座らされた。

 暗闇から外に出されて、それだけでも目が慣れない。その上、連れて来られた場所が下品なまでに派手な謁見の間では、いつまでたってもまともに目が開けられる気がしない。


 王家の威信は派手さにかかっていると主張するかのような煌びやかな謁見の間は、上辺だけ取り繕う空っぽで不誠実な王家の象徴だ。

 そんな張りぼての部屋に集められているのは、飾り気はないが自信と強い意志が溢れ、肉体的にも精神的にも強くたくましい青灰色の軍服を着た兵士達だ。


(こんな空虚な場所に、最も相応しくない人達……)


 これだけの兵士が集まっているのを見れば、自分が知らないだけで戦争が起きていたことは分かる。

 その青灰色の兵士達が私に向ける視線は、突き刺すように厳しい。ここにいる誰もが尊敬するブライアン・ハインスを貶め、息子の未来を奪ったのは私なのだから当然のことだ。どんな厳しい視線を向けられようと受け止めないといけないのに、弱い私の視線は下がってしまう。


 知らない間に戦争は、勝利を収めていたらしい。今日は戦場となった領地を治めるスヴェン・アッカーベルトによる報告と、勝利の立役者の褒賞のために開かれた謁見だ。

 勝利に貢献した者がアッカーベルト辺境伯によって名前を呼ばれ、王と私の前に出て恭しく頭を下げる。


(きっと私なんかに頭を下げたくないだろうに……)


 ぼんやりと兵士達を見ていた私の脳天を貫く名前が読み上げられた。


「フィンレイル・ハインス」


 二十三歳になり、より精悍により逞しくなったフィンが誰よりも前に出る。手を伸ばせば触れられそうな距離だ。この戦いで、誰よりも武勲を挙げた証だ。


 フィンは自分の目標を諦めずに、前に進み続けたのだ。

 国軍を追われた高位貴族にとって、周りの風当たりはきつかったはず。しかも、アッカーベルト辺境伯軍といえば、荒くれ者の強者揃いと評判だ。受け入れられることも、上へと昇ることも並大抵の努力ではなかったはず。


 フィンのその折れない心と努力に胸を締め付けられた私は、嬉しさのあまり涙が零れそうになった。だけど、私だけは絶対に泣くことが許されないことぐらい、分かっている。

 フィンにする必要のない苦労を強いた私に、彼の成功を喜ぶ資格はない。


 フィンのことも、誰のことも見ることができず、私は目を伏せた。

 その一瞬の間に、私の身体が激しい殺気に包まれる。


「滅びの王女よ。仲間の尊厳を守るために、お前には死んでもらう!」


 低く唸るような声が頭に響くと同時に、胸が熱く息ができず苦しくなった。

 見れば、私の胸は短剣で貫かれている。


 最期にフィンの顔を見たいと思った。でも、できない。

 私を見下ろすフィンの顔が、自分の最後の記憶になるのが怖い。

 だって、この剣で私を貫いたのは、一番近くにいたフィンに決まっている。彼には私を罰する権利がある。

 それに、フィンだって、憎むべき私の死にゆく顔なんて見たくないだろう。

 いくら積もり積もった恨みがあるとはいえ、無抵抗の相手を殺して喜ぶ人じゃないもの……。


(あぁ、でも、できるならば、ブライアンやフィンに謝りたかった。何もできなかった愚かな生涯で、一つくらい誰かの役に立ちたかった)


 私は足元に溜まる赤い血だまりの中へ、崩れるように落ちていった。深い深い底なし沼に吸い込まれるように……。




◆◆◆◆◆◆


読んでいただき、ありがとうございました。

本日二話目の投稿です。

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