第12話 我が儘傲慢王女
鏡に映るのは波打つ金色の髪、真っ白な肌に高い鼻梁、小さくてふっくらとした唇、澄んだ空を切り取ったような真ん丸の瞳。第一王子と同じ色を持った少女。
鏡に映るこの美少女は、リズベッド・ブロイル十六歳の姿だ。
私の知るリズベッド王女殿下は、三歳。それなのに、この鏡に映る人が十六歳のリズベッドだと、なぜか私は知っている。
リズベッドは鏡に向かって意地悪そうに微笑んだ。本当に憎たらしいほど腹の立つ笑顔だが、私には止められない。
本来は侍女や護衛がいるはずの部屋に、リズベッドが一人……。もちろんリズベッドが「一人になりたい!」と癇癪を起して、こうなったのだ。
本当に一人になりたかった訳ではないのに……。
リズベッドはこれから取り返しのつかない悪戯をする。
この悪戯のせいで、自分だけなく多くの人達の人生を叩き壊すのだ。
私はそれを知っているのに、止められない。
何度も「こんなことをしたら後悔するだけで、貴方の望みは何一つ叶わない!」と叫ぼうとするけど、金縛りにあったみたいに声が出ないし、身体も動かない。
リズベッドがバルコニーから逃亡して落ちるのを知っているのに、そこから始まる悪夢を誰よりも知っているのに、私は黙って見ているしかできない……。
リズベッド・ブロイルはブロイル国の第一王女だ。とにかく我が儘で、本当に我が儘で、どうしようもなく我が儘で、自分のことしか考えていない最低の人間だ。
友達と呼べる者など一人もおらず、侍女だって我が儘に耐えられずに短期間で辞めてしまう。絵に描いたような傲慢王女だ。
我が儘王女になったのは自分の責任が一番だけど、両親にも少なからず非があると思う。
母は子供に関心がない人で、本当に産んだだけの人だった。産んだ後は乳母に任せっきりで、娘の顔を見に来ることもない。幼いリズベッドは乳母を母親だと本気で思っていたほどだ。
幼い子供とって、母から関心を寄せられないのは悲しく辛いことだ。
母に笑いかけて欲しかった。言葉をかけて欲しかった。会いに来て欲しかった。私を、見て欲しかった。なのに、望みは何一つ叶わない。
私は不満が溜まり、度々癇癪を起すようになった。それが徐々に大きくなり城内でも問題視されると、周囲の目を気にした母が渋々怒りに来てくれた。
母は私の改心を望んで怒ってくれたのではなく、母親として窘めた実績が欲しくて怒っただけだ。
だが、幼い私には、そんな大人の事情は分からない。
問題を起こせば、母が会いに来てくれる。単純にそう思ってしまった……。
母に会いたくて我が儘を言い癇癪を起し、問題となる。そんなことを繰り返したものだから、元々なかった母の娘への関心はすり減って消えた。
母はすぐに私に前に姿を現さなくなり、母から伝言を受けた侍女が来るようになった。そして、それさえも来なくなるのは、呆気ないほど早かった。
母に見捨てられたのは分かったけど、だからといっていい子になれる訳もない。母から愛想を尽かされた悲しみが、私の空っぽの心に吹き荒れていた。
悲しくて悲しくて、常に母に飢えてイライラしていた。当然我が儘は増していく。だが、私にはどうすることもできなかった……。
そんな手の付けられない我が儘王女の私につけられた護衛が、ブライアン・ハインスだ。軍ではスヴェン・アッカーベルトに次ぐ実力の持ち主である彼が護衛になったのは、私の十二歳の誕生日。
そんな実力者が護衛になることはない上に、国王でなく王女の護衛だ。異例中の異例の抜擢だったらしいが、そんなことは私には分からない。
女性王族の護衛は、普通は女性騎士がつく。だが、我が儘王女の護衛はどんどん辞めていくから、もうなり手がいない。そこで選ばれたのが、兄と同じ年の子を持つおっさん騎士だったのだろうと私は思っていた。
だから、ガハハと豪快に笑う糸目のおっさん騎士を、私は甘く見ていたんだ。
一見優しそうなブライアンは、私の癇癪も我が儘も許してもくれなかった。無理矢理にでも勉強机に座らされたし、怒られ怒鳴られることなんて、日常茶飯事だ。
そんなこと普通なら当然なのかもしれないけど、母の無関心によって周囲から憐れまれた私は、周りからとにかく甘やかされてきた。おまけに国王である父親が私の我が儘を何でも聞くものだから、使用人達は恐れて何も言えない。
そんな甘ったれた私が怒られるなんて、考えられないことだ。当然私は、荒れ狂った。
国王である父親に護衛を変えてくれと訴えたことも、十回や二十回って話ではない。
常日頃「お前は特別な存在だから」と言って私をひたすら甘やかす父だったが、ブライアンのことだけは聞いてもらえない。何度訴えても、「お前の身を守れるのはブライアンだけだ」と言って首を縦に振ってくれない。
ブライアンとの関係は「相性最悪!」としか言えなかったが、次第にブライアンの私への対応が正しいのだと分かるようになってきた。まぁ、それもブライアンの教育の賜物なのだけど……。
私はブライアンを本当の父のように慕い、信頼しきっていた。ブライアンもきっと、私を娘のように思ってくれていたと思う。
子どもに興味を持てずに私を捨てた母、甘やかすだけの父親、昔は優しかったが自分の恋で周りが見えない兄。
そんな親子の中で育った私を、ブライアンは憐れむだけではなく手を伸ばして叱ってくれた。
私に文句をぶつけられても、周りから「あんな子を相手にするなんて馬鹿だ」という目を向けられても、ブライアンは手を離さずに私を闇の底から引き揚げてくれた。
ブライアンが私に光を見せてくれて、世の中の当たり前を教えてくれた。ブライアンといる時だけは、私は安心していられたし笑っていられた。
それなのに私は、自らの愚かな行動で大事なブライアンを失うことになる……。
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読んでいただき、ありがとうございました。
本日二話目の投稿です。
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