第11話 アントンの怪
父に抱えられたびしょ濡れの私は、王宮に置かれているドレスに着替えることになった。
冷え切った身体を温めるためにお風呂にも入ったのだが、心配した父がお風呂場まで侵入して来ようとするのを止めるのに苦労した。
父がここまで私から離れなかったのには、理由がある。そう……、第一王子だ。
私の後を、第一王子が雛鳥のようについて回ってくる。
さすがに私を妹呼ばわりはしないけど、何か言いたげに見上げられてひっついて来られるなんて怖すぎる。私が泣くのも当然だ。
だって第一王子は、無駄に綺麗な顔をしているのだから!
白い肌に、少し垂れた空色の大きな瞳。間違いなく美少年と言い切れる王子様が、その愛らしい瞳を見開いて血走らせて追いかけ回してくるんだよ? 綺麗な顔が狂気に満ちるなんて、そんなド迫力経験したくない!
第一王子もびしょ濡れだから着替えないといけないのに、侍女や侍従の言うことを聞かず私から離れない。何も言わないけど、何か言いたげにジィッと私を見ている……。
見かねた父が一喝すると何とか自分の部屋に帰っていったけど、何度も何度も振り返っては縋るように私を見る目が怖い……。
このまま二度と会いたくないと願った。心から願ったのに、着替えが終わって部屋を出たら、第一王子が待っていた……。もちろん私は、失神しかけましたよ!
父なんて腰に手を掛けたからね、帯剣が許されていたら第一王子は真っ二つだったはず。
こんな様子を見ていた他の令嬢達は、アントンの残念さに気付いてしまった。だから、途中でお茶会が終わっても誰も文句を言う者はいなかった。
むしろホッとしたように、私に憐みの視線を送って去って行った。
唯一文句を言っていたのは、父だ。
未来の王太子だろうが王妃だろうがお構いなしで、青筋を立てて怒っていた。
「娘が怯え切っている! もう二度と我が娘に近寄らないでもらいたい!」
「震えているのが見えないのか! その目は節穴か?」
「これ以上怯えさせたくないから、娘の視界に入るな!」
不敬だ。完全に不敬だ。臣下が王族にとって許される態度ではない。
だが、アントンの行動が異常過ぎて、誰も父を咎められない。
おまけに何を言っても第一王子が全然聞かない……。父の怒りは息子の行動を止めない王妃にまで向いた。
「王妃殿下、お願いですから、第一王子殿下を止めて下さい!」
「ここまで王族に相応しくない行動を、どうして放っておけるのだ!」
父のあまりの迫力に、王妃は青い顔を強張らせた。
だが、王妃は侍従や護衛にぼそぼそと指示を出すだけで、自分で息子を諫めたりしない。
未来の王太子となる息子が評判を落とす言動を繰り返しているというのに、王妃は自分の子供の行動を見て見ぬ振りだ。見て見ぬ振りどころか、本当に何の興味がない様子だ。それはそれで王妃も怖い。
今にして思えば、この王妃の顔を見て「あぁ、よくこんな顔してたな」なんて思っていたんだよね……。
そんな二人に呆れ果てた父は、無言で城から帰った。
大丈夫だと何度も伝えたのに、ずっと父に抱きかかえられて家に帰った私。
父は仕事が溜まっているはずなのに、ずっと私の側から離れないでいてくれた。でも、夜中に仕事をするんだろうなと思うと申し訳ない。
私が父の仕事の心配をしていると、それに気がついたベニスが「子供は余計な心配をしないで、たくさん甘えればいいんだ」と頭を撫でてくれた。
子供の頃から私を助けてくれるベニスは、年の離れたお兄さん的存在だ。父と対等に勝負できるのは辺境伯軍でもベニスくらいらしいけど、私には優しくちょっと意地悪な兄だ。
そのベニスも、私を心配して一緒にいてくれる。
私を心配した料理長が好きな物ばかりを用意してくれた夕食を終えて、「僕も姉様と水遊びしたかったな」とつたない言葉で伝えてくれた弟と父とベニスと楽しく幸せな時間を過ごした。
この家族とのひと時のおかげで、第一王子の奇行は私の中では影を薄めていった。ベッドに入る頃には、今日は家族と沢山話ができていい日だったとさえ思っていたくらいだ。
その晩は、私が寝付くまで父が付き添ってくれた。第一王子の異常な行動に怯えた私が眠れないことを心配したからだ。
だけど、その夜私が見た夢に、第一王子は出てこなかった。
私が見たのはその日の第一王子なんて比較にならないほど、怖く恐ろしくおぞましい夢だった……。
腫れ物に触るように扱われ、蔑まれ、孤独で憐れなリズベッド。
そうだ。その夢で、私はリズベッドだったのだ……。
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読んでいただき、ありがとうございました。
もう一話投稿します。
よろしくお願いします。
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