前回の試練
第10話 十五年前の出会い
十五年前、七歳だった私が王家のお茶会に呼ばれたのが、アントンとの初対面だった。
ブロイル国は産業も農業も国土面積も平均的な国だ。
王家がおっとり(愚鈍ともいう)として、戦いを好まない(国には軍事力がないともいう)ため、他国とも比較的友好的な関係を保てている平和な国だ。
他国と戦争もしていないし、何かあればスヴェン・アッカーベルトがいる。そんな安定した情勢のため、第一王子の婚約者は国内の有力貴族から選ぶことで話がまとまっていた。
そんな訳でこのお茶会は、第一王子の婚約者を見定めるためのものだ。
テーブルには私を含めた五人の令嬢がいて、少し離れた場所に王妃と第一王子が座っていた。
当時はアントンもまだ七歳で、残念な性格を「子供らしい」という言葉で誤魔化していた時期だ。だから、どの令嬢も親も目をギラギラとさせて、我先にと第一王子に群がっていく。
私はと言えば、王太子妃なんて面倒なものに全く興味がなかった。
三歳の弟が物心つく頃に辛い思いをさせないためには、どうすればいいのか? 日々そればかりを考え、弟を孤立させないために必死だった。
それ以外は本当にどうでもよかったから、お茶会に行くのも煩わしくて、できれば行きたくなかった。
父も同じだ。母を失った家族が力を合わせることを一緒に考えてくれて、王家と縁づかせたいなんて思いは一切ない。
全くなさ過ぎて、「王城なんて空気の悪い所に、可愛いルーを行かせたくない。お茶会なんて、行く必要がない」と言っていたほどだ。
副官のベニスに「そんな訳がないでしょう!」と怒られて、馬車に押し込まれたから渋々来たに過ぎない。
そんなやる気のない私は、アントンの相手は他の四人に任せて傍観していた。そして、タイミングを見計らって、こっそり王城探検に出た。
そして、見事に迷った……。
当然だ。初めての場所な上に、王城は恐ろしく広い。そんな場所を七歳児がウロチョロして迷子にならない方がおかしい。
(焦ってやみくもに動き回らない方がいいわ。何か目立つ物の側にいよう。そうすれば、きっとお父様が見つけてくれる)
中々に賢い私は、大きな創世の女神像が置かれた噴水の縁に座ってお父様を待つことにした。
何かと揚げ足を取って相手を引き摺り下ろそうとするお茶会の席では、お菓子を食べるのも気を遣う。私はこっそりお菓子を包んでポケットに忍ばせていた。おかげで、お腹がすく心配もない。
噴水から広がる花畑は、創世の女神に捧げるために作ったものだ。色とりどりの花が咲き誇っていて美しい。その花々を堪能しながら食べるおやつは格別だった。
「この花を摘んで持って帰ったら、サートンが喜ぶかしら?」
さすがに王城なので止めたが、本気で悩むほどに美しい花畑だった。
迷子なのも忘れて穏やかなひと時を過ごす私は、この景色を凍り付かせるような事態が迫っていることに、まだ気づいていない……。
そんなのんびりとした時間を楽しむ私の下に、とんでもない形相の第一王子が猛然と駆け寄ってくるではないか……。
肩まである金色の髪が振り乱れ顔に張り付き、真っ白で滑らかな肌は息が上がっているせいなのか真っ赤だ。空色の瞳からは、既に涙が濁流のごとく流れていた。もちろん、鼻からは鼻水も……。
「何なの! ヤバい! 逃げなきゃ!」
七歳児なりに身の危険を感じたが、第一王子の鬼気迫る様子にビビッて腰が抜けていた。
(動けない! 殺される!)
第一王子は走るスピードを緩めることなく突進してくるどころか、私めがけて助走ジャンプ付きで飛びついてきた。
後ろが噴水だというのに……。
もちろん、二人共ドボンだ。
勝手に大号泣している上に、明らかに異常行動な第一王子に飛びかかられた私。せっかくのドレスも整えた髪もびしょ濡れだ。呆然を通り越して、泣けてくるのは当然だと思う。
それなのに第一王子は、泉の中に尻もちをついた私の肩を強く掴んだ。
そして、涙を流して叫んだ。
「リズだろ? 俺には分かる! 兄さんだよ! 助けて!」
まず、リズじゃない……。
ルーリー・アッカーベルトだ。お見合い相手の名前と顔位覚えるべきだと思う。
そして私には兄はいない。弟だけだ。
話して分かってくれるだろうか? いや、きっと無理だと思う。
大号泣した第一王子が「リズ」と呼ぶ私は、亜麻色の髪に藍色の目だ。一方本物のリズである王女殿下は、金色の髪に空色の瞳。いわゆる王族の色だ。普通に考えて間違えない。
大体、王女殿下は三歳。私は七歳。何をどう工夫しても、見間違いようがない。それなのに、第一王子は自分の言葉を疑った様子がない。本気で私をリズベッド王女殿下だと思っているようにしか見えない。
(これは……、完全に常軌を逸してしまったのね……)
ブロイル国の王家には、第一王子であるアントンと第一王女であるリズベッドしかいない。
女性でも王位を継げるが、女王となったのは過去に一人しかいない。その時は二人姉妹だったからで、年齢は関係なく王子が優先されるのが慣例だ。
だが、この状態で第一王子が王位と継げるとは思えない……。
(未来の国王がご乱心だなんて知れたら大変だし、その事実を私が知ったとバレたら身の危険が……)
自分の身とアッカーベルト家を守るためにも、私は今日の出来事は忘れようと心に誓った。
なのに、第一王子が離れてくれない……。いくら手を振り払おうとしても、力が強くて動かない。
恐怖のあまり大号泣の私の前に魔王と見間違いかねない父が駆けつけ、片手で第一王子を引き剥がしてくれたのは、この後すぐのことだった。
私がホッと一息付けたのは、ほんの一瞬だった。
今日のこの出会いから、私の人生は一転してしまったのだから……。
◆◆◆◆◆◆
読んでいただき、ありがとうございました。
本日二話目の投稿です。
もう暫く過去が続きます。
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