第7話 弟

 満たされる思いで父の執務室を出た私を待っていたのは、弟のサートンだった。

「その様子なら、軍神の怒りは落ちなかったみたいだね?」

 茶色の髪と藍色の瞳。見た目は父と瓜二つなのに、まだ幼さが残る。その分だけ、あの圧倒的な迫力や厳つさが薄まっている。

 だからこそ、父は絶対にしない悪戯っ子のような笑い方がまだ似合う。


「まぁ、父上だって、あのボンクラ王太子と結婚させたかった訳じゃないからね」

「ボンクラは不敬よ?」

「あれをボンクラだと思わない人はいないよ」

「……あれって……」

「リズベッド殿下じゃないけど、今回は本当にいい仕事してくれた。何があっても王家が絶対に離さない姉さんを、あの人が神業で解放してくれた!」

「神業って……。うん、そうともいうわね……!」


(当初の予定とは大分違うけど、予定通り婚約破棄できてリズ様を見守れる。私にとってはベストの状態だ。確かにこれは、アントンのファインプレー。間違いなく、神業だわ。残念なことに、アントンにとっては地獄なんだよね……)


「姉さんが王太子だけではなく、陛下や王妃の仕事を押し付けられているのは、貴族だけではなく平民だって国中のみんな知ってる。しかも、それは年々酷くなっていくばかりだ。世間では何もしない王家への不満と、姉さんを心配する声が高まっていたんだ」

「陛下や王妃の仕事をしているのが、平民にまでばれていたのは知らなかったわ……。そんな仕事をしない人ばかりになったんだから、国民の不安を煽るわね? 大丈夫かしら?」

「姉さんの献身に気付けた王太子が心を入れ替えて、陛下と王妃を諫めて国をまとめ上げると期待されているんじゃない?」

「……サートン、ちょっと投げやりじゃない? 一応、国の一大事だよ?」


(それに、随分適当な期待だわ……。アントンにそんな気は一切ないのに)


「もう姉さんの気にすることじゃないよ。最悪の場合は、アッカーベルトがこの国との縁を切ればいいだけだからね」

 そう言ったサートンはウィンクをして見せた……。


(えっ? 最悪の場合って? えっ? お父様もサートンも、とんでもないことをしようとしていない?)


「王太子の婚約者だった姉さんは、領地にも帰ってこれなかっただろう? 減ってしまった姉さんとの時間を取り戻せるのが、俺は何よりも嬉しい!」

「そう言ってもらえるとホッとするけど、このままいくとサートンの未来の奥さんの邪魔になってしま……」

「姉さんを邪魔に扱うような人は選ばないし、そんなことが起きたら真っ先に嫁を捨てるよ。姉さんは安心してここにいてね」

「……あ、ありがとう……。だけど、私は自立するつもりよ? サートンには幸せな結婚生活を送って欲しいし」


 私何か変なこと言った? 姉が弟の幸せを願うのっておかしい?

 サートンの目が怖いんですけど!


「十五年も王家に縛り付けられていたのだから、姉さんは自由に生きるべきだ。できれば家は出ないで欲しいけど、自立して働くのを止めたりはしない。でも、俺や父上に気を遣っているのだったら話は別だよ?」

「……気なんて、全然遣ってないから安心してよ」


 アッカーベルト家《ここ》にいる限り、私は幸せだ。でも、私に幸せになる資格はない。全てが終わり次第、アッカーベルト家《ここ》から出るべきだ。


「幸せな、結婚生活ねぇ? 俺にとっての幸せは、姉さんが幸せであることだから。それ以外は、どうでもいいよ」

「私の幸せは、家族の幸せよ? 自分のことを『どうでもいい』と言う弟がいたんじゃ、幸せになれないわね?」

 私の言葉に、サートンは唇を尖らせる。

「俺が笑っていられるのは、姉さんのおかげだ。だから、姉さんが優先されて当然」


 私達姉弟の間で、何度も繰り返されている会話。

 家族なのだから当たり前のことをしただけなのに、サートンは私に恩を感じてしまっている。そのせいで私を大事にし過ぎている……。

 私のせいでアッカーベルト家にお嫁さんが来ないんじゃないかと、最近本気で心配している。






◆◆◆◆◆◆


読んでいただき、ありがとうございました。

本日二話目の投稿です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る