第6話 父の疑念

「どういうことだ?」

 低く怒りを含んだ声が、私の精神力をごっそりと奪い取る。


(この言葉が一番困る……)


 私の置かれた状況だと、言いたくても言えないことが多い。説明できないことの方が多いのだから、自分でも頭が痛くなってくる。


 何とかため息を堪えて、私は見慣れた部屋を見渡す。

 煌びやかな王の私室とは異なり、アッカーベルト辺境伯の執務室は地味だ。

 机や本棚といった家具の素材は最高級品だが、凝った細工は一切ない。置物もご先祖様の甲冑が部屋の隅に佇み、大剣と盾が本棚の隙間の壁に飾られているだけだ。

 実用重視で、無駄なものは一切持たない辺境伯らしい部屋だ。無駄に華美で身の丈に合わない力を誇示しようとするより、こういう部屋の方が私も落ち着く。


 部屋にある黒の革張りのソファに、私達親子は向かい合って座っている。

 父の厳めしい顔は王族に向けられていた表情を思えば、幾分柔らかくはなっている。だが、怒りが消えたわけではない。

 見上げる先には、怒りが燻ぶり続ける藍色の瞳が私の答えを待っている。


 私の藍色の瞳は父譲りだが、厳めしい顔まではありがたいことに遺伝しなかった。これといって目立つ顔ではないが、母の面影がある愛らしい顔だ。


 その母は、私が四歳の時に亡くなった。四歳児の私と生まれたばかりの赤ん坊を抱えた父は、必死に私達と向き合い大切に育ててくれた。

 男所帯と言える軍の仲間達も、私たち家族を温かく見守り助けてくれた。

 私は王城に行くことが多かったけど、それでも家族仲良く愛情を感じる毎日を送ってきた。そう胸を張って言えるほどに、我が家は仲が良い。

 それが何の相談もなく婚約破棄され、何か裏がありそうとなれば、父が怒るのも無理がない。


「これが十五年前から計画していたことなのか?」


(さすがお父様、鋭い! 十年前のあれ以来、私のこと疑っているものね……。でも、目的を達成していない今は、下手なことは言えない)


「お前は幼き頃から我が儘言わず手のかからない、不思議と大人びた子供だった。最初は四歳で母親を亡くしたせいだと思っていたが、殿下と婚約してから、どうも様子がおかしくなった」

「そうでしょうか?」

 必死に笑ってみたけれど、父からの「とぼけたって無駄だ!」の一言で黙らされた。


「十年前だ……。ルーお前は隣国が手を組んで、このアッカーベルトを攻めてくると予知した」

「……いや、あれは……。予知なんて大層なものではなく……。城で聞いた噂? 街で聞いた噂? を組み合わせた予測? のようなものでして……」

「私の放っている密偵はなんの情報も拾わず、十二歳の小娘がどこからか情報を拾って、指令官並みの予測をたてたと?」


 眼光鋭い視線にタジタジだが、何とか「そういうことになります……?」とだけは言えた……。が、信じてもらえてはいないようです。


「どのルートを通って、どれだけの規模の部隊が来るかまで予測、か?」

「………………」

「別に責めているのではない。ルーの情報がなければ、負傷者が大量に出て危機的状況だった。どんな理由であれ、ルーが我が軍に勝利をもたらしてくれたことに変わりはない。お前が領地と領民を守ったのだ」

 いつも険しい目元が少し柔らかいから、これは父の本心だ。


 父の言う通りで私の助言がなければ、辺境伯軍は大打撃を受けていた。

 負けはしないが死傷者多数で痛み分けとなり、父親や息子や夫が帰ってこない家族が涙を流すことになっていたはずだ。

 辺境伯軍自体も多くの戦力を失い、弱体化していただろう。

 そのせいで国力も落ち、そこをシリングス国に付け込まれることになるんだけど……。アントンの平和な未来のために、絶対に阻止する必要があった!


「いくらお前が周りに頼るのが苦手でも、私はルーの父親だ。娘が危ない目にあうのなら、何をしてでも助けたいと思うのは当然だろう?」


 軍神と呼ばれる辺境伯も、鎧を脱げば優しい父親だ。

 父の愛情は一般的には分かり難いけれど、過去にずっと愛情に飢えていた私には一本の光のようによく見えた。あの光が見えた日を、私は一生忘れない。


(お父様を尊敬しているし、信じている。だからこそ、私の事情に巻き込めない。このブロイル国が正常に機能し続けるために、お父様は欠かせない人だから……)


「大好きなお父様から、お母様の分まで愛情をいただいているのは分かっています。それなのに心配をかけ続けて、本当に申し訳ございません。今更婚約破棄となり、政略結婚の駒になるのは難しい年になってしまいました。ですが、必ず辺境伯軍の役に立つ娘でいることを誓います!」

「……そんなことを誓って欲しいなどと望んでいない。私はルーに、安全に普通に幸せになって欲しいのだよ……」


 お父様が両手で顔を覆って、ガックリとうなだれた。

 私には幸せも普通も、許されない。それは一番難しいことだよ……。


 父の副官のベニス情報によると、軍神をここまでへこませられるのは私だけらしい。辺境伯軍の中では「ルーリー様が最恐の戦士」と呼ばれているとかいないとか?

 まぁ多分、私を皮肉ったベニス流の褒め言葉であり、嫌味なんだろうけど。


「ルーは私とラスタの娘だからな……。意志が強いし、こうと決めたらテコでも動かぬ。私が『何が狙いだ?』と言ったところで、どうせ答えないのは分かっている……」

 お父様も強靭な意思の持ち主だけど、お母様もそれを上回る気丈な人だったらしい。


「だが、一つだけ忘れるな! 何があろうと私はルーの味方だ。立ち行かなくなったなら、家のことや家族への迷惑など考えずに私を頼るのだ。いいな、それだけは約束して欲しい」

「お父様、ありがとうございます! 私もお父様を愛しています!」


(拒絶される心配なく愛を伝えられるって、本当に幸せなことだと、私は両親に教えてもらった)




◆◆◆◆◆◆


読んでいただき、ありがとうございました。

本日は、三話投稿します。

そちらも、よろしくお願いします。

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