第4話 家族会議

 地の色であるベージュを損なわない程度に、様々な色で模様が描かれた絨毯が広い部屋に敷き詰められている。

 天井まで届く高く細い窓と、オレンジがかったクリーム色の壁が交互に並ぶ南側。

 普段であれば陽の光が降り注ぐのだろうけど、今日は生憎の雨。ワインレッドのカーテンが端に寄せられた窓から見えるのは、雨に濡れてくすんだ色に染まる王族専用の中庭だ。


 外は薄暗いが、部屋の中は煌びやかで、どこを見ても何かが光っている。下品とは言わないが、落ち着かない。

 そんなこの部屋は、この国の国王であるウルリヒ・ブロイルの私室だ。


 王家とアッカーベルト家の家族が集まる場所に、国王は執務室ではなく私室を選んだ。その理由は、事態を少しでも内々に収めたいという国王の願望だ。

 あれだけ多くの貴族が集まる場で発言したのだから、もう今更な感じしかしないけれど……。

 部屋の中央に置かれた金糸の刺繍が光る深緑色のソファには、国王家族とアッカーベルト辺境伯家族が向かい合って座っている。もちろん、昨日の卒婚事件について、両家で話し合うためだ。

 もはや罪人扱いの私とアントンは座ることも許されず、両家が向かい合うソファの間に立たされている……。


 アントンと同じ金色の髪を両手で押さえた国王の空色の瞳には、はっきりと『落胆』と書かれている。

 王妃も同様に青い顔をして、神経質そうに瞬きを繰り返している。何事にも無関心な王妃だが、今まで散々利用してきた便利な私を手放すのは惜しいみたい。本当に勝手な人だ。

 二人とは対照的に、リズ様だけが一段と顔色がよく、にこやかに座っている。時折私を見ては、場違いにも手でも振りかねない様子だ。


 対するアッカーベルト辺境伯の顔は、普段から怖い。元々子供は泣き出し、大人も後ずさる厳めしい顔だ。それが今日は、怒りで五割増し。こめかみの辺りがピクピクと動くのも、怒りを表していて恐ろしい。

 その隣でサートンは、リズ様同様に晴れ晴れとした顔だ。


 私の隣に立つアントンの顔色と言えば、青を通り越して土色だ。金色の髪も、心なしか藁のようにくすんで見える。

 昨日の帰り際に私達は、『王位継承権についての国王の思惑を探る』という結論に達した。

 アントンとリズ様のどちらを後継者に考えているかによって、私達の動きも変わる。

 未来が変わっていないのだとすれば、色々情報を集める必要がある。本人から聞ける機会があるなら、利用しない手はない。


 でも……、アントンに聞き出せるかな?

 アントンは「それとなく話を持っていく」って言っていたけど、それって相当高度な技術を要するよね?

 アントンはノープランなんだけど……。「俺を信じろ」って言われたけど……。昨日の今日だよ? 正直、不安しかない……。




 長い長い沈黙が続いていた家族会議は、国王の深いため息で始まった。

「……アントン、昨日の愚かな行動は何だ? お前は元より変わり者だが、ついに気でもふれたか?」

「それは自分では判断つかないですね? 陛下はどう思われますか? 私に王太子は務まりますか? 未来の王の器でしょうか?」


 国王は目を見開いて、アントンを凝視。王妃は自力で座っているのも困難となり、背もたれに身体を預けている。もちろん国王夫妻だけでなく、私を含めた全員が驚きの顔をアントンに向けている。

 アントンだけがその視線に気づかずに、国王から答えが戻ってくると信じて待っている。


(ちょっと、いや、かなりストレート過ぎる質問だよ。『それとなく』はどこに消えたの?)


「務まるも何も、今まで務めてきただろう」

「いいえ? 務めてきたのは、ルーですよ。陛下と王妃の仕事もルーに押し付けてきたんだから、分かりますよね?」


 国王も王妃もバツの悪そうな顔をしているが、王城に勤める者なら誰でも知っていることだ。

 この二人は面倒臭いことがあると、「良い経験になるから」と言ってすぐに私に丸投げする。


「そう言うのなら、なぜルーリーとの婚約破棄をしたのですか!」

 真っ赤な顔をしてそう怒鳴ったのは、王妃だ。

 彼女が人前で発言したところを、私は初めて見た。人形が人に変わる、それほどまでに、私という便利な手駒を手放すことが受け入れられないんだ。


「ルーリーは人間です」

「何を当たり前のことを言っているのですか! いい加減にしな……」

「王妃は本当にルーリーを人間だと思っていますか? 自分の仕事をそつなくこなしてくれる道具だと思っているんじゃないですか? だから、他人に興味のない貴方が、ここまで執着するんじゃないですか?」

「…………」

 王妃は唇を噛んで黙り、うつむいてしまった。

 アントンの言う通りだからだ。


「しかし、私も王妃を責められません。十五年と長い年月の中で、ルーリーのことを女性とは思えなくなった」

「そんなことは、政略結婚に関係ありません。王族は国のために結婚するのです。ただ役目を果たすだけです!」

 王妃は青白い顔で平然とそう言った。


 珍しくアントンが皮肉を込めた顔で笑った。

「王妃の役目も母親の役目も全てルーリーに押し付けてきた貴方が果たした唯一の役目が、跡継ぎを産んだことみたいに?」

 王妃は子供に向けるべきではない目をアントンに向け、「跡継ぎを産むこと、血を残すことが王妃にとって一番重要な役目です!」とヒステリックに叫んだ。


「王妃様の仰る通りだと思います。ですが私は、その一番大事な役目を全うすることができません」

「ルーリーと子作りするなんて、俺にとってはリズベッドと子供を作れと言われているのと同じだからね!」


 満面の笑みだったリズ様が一瞬で表情を凍り付かせ、アントンに侮蔑の視線を投げつける。

 王妃も国王も唖然としたまま、何の言葉も出てこない。

 張り詰めた空気の中でただ一人あっけらかんとしているアントンに、辺境伯のこめかみがピクリと揺れた。

 それを見逃さなかった私とサートンの、息が止まる……。


(相当、怒っているわ……)


「十五年前、王命で婚約を突きつけてきたのは、王太子殿下だ。我が家がこの婚約を望んだことは、一度たりともない!」


 その通りだ。十五年前の、アントンとの初対面は一生忘れられない。

 当時まだ七歳の私が、アントンを完全に頭のいかれた奴だと思って逃げ出したくらい酷い出会いだった……。


 あの頃から精神的にあまり変わり映えのしないアントンは、抑えた怒りが漏れ出ている父に全く気がつけない。

 だから、神経を逆なでするようなことを堂々と言ってしまえるんだ。


「十五年前のルーリーとの出会いが運命的だったことは、今だって間違いない。ただ、夫婦として生涯を共にする運命の相手ではなかったんだよ」

「我が娘が、殿下ごときの運命の相手でないことは当然! それを知りながらも、王命だからと婚約を我慢して受け入れた。その結果がこれか?」


(見える! 帯剣していないはずなのに、お父様の手に愛用の大剣がギラリと光るのが見える!)


 怒りで具現化した大剣が護衛達にも見えたのか、四人がピクリと動いた。だが、四人共顔色が、すこぶる悪い。

 当然だ。大陸最強と言われるアッカーベルト辺境伯に敵うはずがない上に、あるはずのない剣が見えるほどに怒りが迸っているのだ。己の身を盾にしたところで、護衛対象を守れるとは思っていないはずだ。

 特にアントンの護衛に至っては、立ったまま気絶しそうな顔色だ。うん、逃げるのもありだと思う。


「十五年も王家のために尽くしたルーリーは、もう二十二歳だ! 令嬢としては行き遅れの年齢! ここまで引き延ばすとは、悪意しか感じられない! 王家は我がアッカーベルト辺境伯軍に喧嘩を売ったのですな?」

「そんなつもりは、一切ない! 毛頭ない! 微塵もない!」


 アッカーベルト辺境伯の静かな怒りというか脅迫に震え上がった国王は、恐れおののきながら勘違いだと訴える。国王にできることは、もうそれしかない……。

 国王の希望を、アッカーベルト辺境伯が聞き入れるかは神のみぞ知るだ。




◆◆◆◆◆◆


読んでいただき、ありがとうございました。

二話投稿します。

本日一話目です。

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