第3話 追加情報?
卒業式からの帰りの馬車では、計画に失敗した私とアントンが魂が抜けたように呆然としていた……。
二人共動揺していて冷静さからは程遠く、慌てぶりが酷い。
今日のために結い上げた髪も、頭を抱え過ぎて崩れてしまった……。
さっきまで「あぁぁぁぁぁぁぁぁ」とか「どうして―――――――」とか「わぁ――――――――」とか叫んでいたアントンは、遠い目をして外を見ている……。
アントンと私の婚約は、契約みたいなもの。
アントンが結婚によって身を滅ぼす未来を防ぐ防波堤に選ばれたのが私。私は私で、リズベッド王女殿下の側で彼女を助けたかった。お互いの利害が一致した婚約だった。
アントンの身を破滅させる予定の王女が、この度無事に別の人に嫁いでくれた。晴れてアントンの身の安全が保障されたので、当初の予定通り婚約破棄とアントンの廃嫡計画を実行したんだけど……。ご存じの通り半分失敗。婚約破棄は宣言できたけど、アントンは廃嫡どころか心を入れ替えて賢王を目指す流れになっている。
王になりたくないアントンが廃嫡を望んでいるのは十五年前から……。いや、もっと前、産まれる前からだ。私はそれを知っているだけに、何としても成功させたかった。
自分だけ計画が成功なんて辛い。私とアントンは十五年も行動を共にした、大切な仲間なんだから……。二人揃って成功しなければ意味がない。
「俺、とんでもないことを、今更思い出してしまった……」
「何? 私達の十五年越しの計画が失敗したことを、今思い出した?」
イライラしているせいで、言い方もきつい嫌味を言ってしまった。
そんな私に対して、アントンは困ったように苦笑した。
「計画を失敗させてしまってごめん。でも、壇上に上がった瞬間に、思い出したんだ」
「アントンは廃嫡されて辺境に行ってのんびり過ごしたいんだよね? それよりも大事なことを思い出したの?」
また嫌味を言ってしまった……。
「そうかも。前回の人生で辺境に行った俺が、暗殺されたことを思い出した」
「……………………」
(暗殺、だと?)
「……えっ? だって、アントン、言ったよね? 前回は辺境でのんびり過ごせたって。廃嫡されて馬鹿にされたけど、王になるよりよっぽどましだったって。だから安全に辺境に行けるように計画したんじゃない」
「ごめん、それ俺の思い違いだったみたい。前回の人生で辺境に行った俺は何年かはのんびり過ごしたけど、間違いなく暗殺された」
「どうして、アントンが殺されるの……?」
だって、アントンは廃嫡されたんだよね? 王位になんて興味のないアントンは、辺境でのんびり暮らしてたんでしょう? どうしてアントンが殺されるの? 殺される理由がない!
(私だけでなく、アントンも殺されたの?)
「リズを女王にするのを反対した勢力が、俺を担ぎ上げて王位に就かせようとしたんだって。だから、廃嫡したとはいえ正統な血を引く俺が邪魔になったから殺すって言ってた」
「……誰が?」
「俺を殺した暗殺者が、冥途の土産だって教えてくれた……」
「……」
全く頭がついて行かないけど、この状況でアントンが嘘なんて吐くはずがない。間違いなく、思い出したんだ。本当に、アントンは殺されたんだ。
アントンの顔は、どんどん色を失っていく。
アントンも分かっているんだ……。
廃嫡されても存在を不安視されて暗殺されたなら、王太子として城に残るアントンは、確実に殺されてしまう可能性が高い。
辺境に行っても、城に残っても殺される……。そんなの、あんまりじゃない!
「だから、計画通りの台詞を言わなかったの?」
「それもあるけど、まずは殺された瞬間を思い出して、頭が真っ白になった」
「その気持ちは、分かるよ……」
自分が殺された記憶なんて、生々しすぎる。動揺して当たり前だ。
何も言わずに壇上から降りることだってできたのに、アントンは私との婚約破棄だけはしっかりと成し遂げてくれた。それは、アントンの誠意だ。
いつも能天気で自由人なアントンが、珍しく悲壮感漂う真剣な顔をしている。
こんな顔を見れば、思い出した過去がいかに恐ろしかったのか分かる。それに、これからの生活だって、常に暗殺される不安がついて回る。
それは、とてもとても、苦しいことだ。
「これだけ前回と違う選択をして新しい道を作ってきたんだから、俺達の未来は変わったと楽観視してた。だけど、殺される自分を思い出したら、全然気が抜けないと分かったんだ。そう思ったら、ルー一人を城に残して後始末をさせるのは申し訳ない気がした」
「どうしたの? アントン……。今まで散々私に後始末やら尻拭いやらをさせてきたのに……。正直、今更だよ?」
「あ、やっぱり? ちょっとカッコよくしようと思ったのに、分かっちゃった?」
真剣になり切れないのがアントンだ。殺されるかもしれない恐怖も、そのお気楽さで乗り切るしかないよね?
「未来が変わっていないなら、ルーを一人残す訳にいかないと思ったのも本当だよ?」
「他の本当は?」
「……辺境に行って殺されるなら、城に残ってルーに回避策を考えてもらう方が安心かなって……」
二十二歳のアントンは、悪戯がバレた子供よろしく「えへへ」と笑った。
こんな大人を許していけないのは、分かる。
だけどアントンは優しい。私を一人にできないと思ったのも、本心なんだよ。
世の中の男の人がみんな、「俺が守ってやる!」という人とは限らないよね?
ここは気を引き締めなくてはと、私はアントンに厳しい表情を向けた。
「……寝室の警備は、信用できる人以外を入れたら駄目だよ?」
「怖いこと、言わないでよ……。でも、気をつける」
私はアントンに手を伸ばし、冷たく冷え切った手をギュッと握りしめた。
これから先の不安のせいか、私達は握り合った手を離せなかった……。
◆◆◆◆◆◆
読んでいただき、ありがとうございました。
本日三話目の投稿です。
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