あの頃の風船 (迷子の風船)

帆尊歩

第1話 あの頃の風船


空に赤い風船が飛んでいる。

それはまるで迷子になったように。

迷子の風船?

あれはあの時の風船か。

あの時、予備校の最後の日。

その時いた学生全員が玄関先に集まった。

全ての受験の結果がでそろった三月のことだ。

「はい皆さん。玄関先に集まってください」放送が流れ、僕等は玄関先に出た。

職員から赤い風船が配られた。

「じゃあ、学生の皆さん。一斉のせいで風船を飛ばします。その時写真も撮ります」

予備校という特殊な学校なので卒業という概念はないが、あえていうなら卒業の日だった。僕は結局希望の大学には受からず、唯一受かった大学に進学を決めていた。

二年目の浪人を経ての進学だった。

いったいこの二年は何だったんだろと思う。

浪人は迷子になったような物だ。

不本意な進学は、その迷子が継続していくようなものだ。

あれから随分長い月日がたっているが、何も変っていない。


畑山に出会ったのは夏だった。

そこから芋づる式に友達が出来た。

予備校という大学に受かるために行く学校で、キャンパスライフなどあってはならないことだが、今までで一番濃密な仲間が出来た。

好きな女の子も出来た。

でも名前が分からない。

クラスという概念がないから僕等は名前を知るすべが無かった。

だから勝手な名前をつけた。

緑の服を着ていたからみどりちゃん。

その時に活躍していたアイドルにちょっと似ているから、ゆきちゃん。

大学に受かる、ただそれだけの学校。

だからみんなばらばらだった、でもだからこそ必死に集まろうとしていたのかもしれない。どこにも所属しない浪人生、だからあの時飛ばした風船は、迷子の期間を象徴する、迷子の風船だ。

あの風船を飛ばした日に迷子は終わると思っていた。

でも、あれからの日々、ほんとに僕等はちゃんと生きてきたのだろうか。

迷子の風船を見つけて、そんな事を思う。

風船を飛ばした後、僕は三流大学に滑り込んだ

滑り止めに受かっていたのに、第一志望に行きたくて浪人したのに、次の年滑り止めだったところにも落ちて、大学に行くのを止めた奴。

大学を諦めて警察官になったやつ。

何とか滑り込めたやつ。

夏に出会った少女は、第一志望に受かったのだろうか。

みどりちゃんや、ゆきちゃんは、大学に行けたのだろうか。

迷子の風船を見ながら、遠い昔に思いをはせる。

みんな、どうしているのだろう。

みんなは迷子の風船ではなくなっているのだろうか。

僕はまだ迷子の風船のままなのに。

 

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あの頃の風船 (迷子の風船) 帆尊歩 @hosonayumu

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