最終話 姉として
「おかえり……って、あれ沙良ちゃん?」
「ただいま、香奈姉」
寿人を出迎えるために玄関へ向かったのだが、そこにいたのは、弟ではなく妹であった。
「寿人は?」
「寿人くん、この前進路希望調査で教師って書いて提出したんです。それで今日、そのことに感銘を受けた担任に捕まって、教師の語りを聴かされている頃だと……」
「あらら」
寿人にそのアドバイスをしたのは、失敗だったかな。
「それで沙良ちゃんは何しに来たの? 夕食食べに来た? それとも例の件?」
「両方です!」
本命は後者の方であろうに、夕食にも釣られたらしい。3人で食べた方が美味しいから毎日来てくれても私は構わないけど。
「じゃあ、寿人はまだみたいだし。私の部屋に入ってもらってもいい?」
「はい」
私は自分の部屋に沙良ちゃんを招き入れる。仕事部屋としても使っているこの部屋に誰かを入れるのは寿人と沙良ちゃんの2人だけだ。
「はい、こんな感じで良いかな?」
「注文通りに作ってくれてありがとう香奈姉!」
「ううん、可愛い子を活かすためだもん。気合入っちゃった」
パソコンの画面に映る、久佐野 月の新衣装。1ヶ月に沙良ちゃんの方からデビュー3周年の記念に新衣装をお披露目したいと頼まれ、なんとか描き上げることができた。
久佐野 月は私が初めて描いたイラスト。気に入ってくれた沙良ちゃんがその子に名前を付けて大事に持っていてくれた。3年前この子でVTuberをやりたいって言ってきたときは凄く驚いたっけ。
無名時代に使っていた名前だからその存在を知っている人たちはいない。久佐野 月のママとして謎に包まれている現状を面白く感じているので、私も沙良ちゃんもこのまま黙っておくつもり。
まぁ少なくとも、寿人が沙良ちゃんの正体を知るまでは明かすことはないかな。寿人は私と久佐野 月が繋がりを持っていることは知らない。
「そういえば、香奈姉に1つ訊きたいことがあったんだよね。夏井心春って香奈姉が産んだんでしょ?」
私は沙良ちゃんの口からその名が出てきたことに驚きよりも嬉しさが勝った。良かったね、憧れの人に認知されてるじゃん。
「うんそうだけど、彼女がどうかした?」
「どんな子かな~って。エゴサしたときにその子の名前が出てきて私のファンみたいだから」
あれだけ配信で『憧れてる』だの、『ファン』だの言い続ければSNSでの呟く人も増えるか。積もりに積もって沙良ちゃんの目にそれが入ったか。
「香奈姉が担当してるんだし、夏井って子も良い子なんだろうね」
沙良ちゃんも良く知っている寿人だよとは口が裂けても言えない。勝手に私がバラしてしまうのは違う気がする。
「今度コラボのお誘いでもしようかな」
「それは待ってあげて欲しいな」
沙良ちゃんの頭の中ではどんなコラボにしようかという楽しい妄想が繰り広げられていたのかもしれない。だけど、それはまだ早い。
「私のファンなんでしょ? だったらコラボしても喜んでくれるんじゃない?」
「あの子はね、久佐野 月に憧れてVTuberの世界に入ったの。あなたに並び立ちたいってね……」
ここで何も言わなければ寿人は憧れの人とコラボはできるかもしれない。だけど、こんな棚ぼた的な展開ではなく、自分の力で成し遂げようとしている。私はそれを尊重してあげたい。
「だからあの子が沙良ちゃんに並び立てるぐらいの存在になった時に、声を掛けてあげて」
「う~ん、香奈姉がそこまで言うなら……ただ私はこれからも上を目指すつもりだよ。そこに夏井って子が追い付くにはかなりの時間がかかると思うけど」
チャンネル登録50万人は何の努力もせずに得られたものじゃない。3年間という長い期間ひたすら走り続けて得た結果だ。それを分かっているからこそ、簡単に並び立つことができないと沙良ちゃんは分かっている。
「うん、それでいいよ。あの子も高い壁だと分かって頑張っているから」
「そっか、じゃあ楽しみはそこまで取っておくことにするね」
この先、寿人いや、夏井心春には様々試練が訪れるだろう。だけど、1つ1つ乗り越えて行って欲しい。
私は親代わりとしてあの子を支え続ける。そしていつか笑って言って欲しいんだ。
「姉さん、VTuberやって良かったよ」
ってね。
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最後まで読んでいただきありがとうございました。
バ美肉を騙る女の子と女子高校生を騙る男の子。 宮鳥雨 @miyatoriame
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