第3話 幼馴染たちと

「ふわぁ~」


 大きな欠伸をしながら僕は階段を降り、リビングへと向かっていた。


 時刻は正午。休日だとはいえ寝過ぎてしまった。昨晩の配信を観た後に自分も負けてられないっていう気持ちが湧いて、夜遅くまでサムネを作っていたのが原因か。まぁ、今日は配信の予定もなかったし、偶にはいいだろう。


「少し寝過ぎではありませんか、寿人くん」

「げっ、なんで沙良がここに」


 リビングには姉さんと一緒に昼食を食べる沙良の姿があった。


「なんでって、別にいいじゃないですか。私が香奈姉と遊ぶことに寿人くんが文句はつけれないでしょう?」

「そうだけどさ……」


 沙良は僕の幼馴染であるわけで、それはつまり小さい頃から姉さんとも知り合いなわけだ。僕と同様本当の姉のように慕っている。


「寿人も早く着替えてお昼食べちゃお。いつまでもだらしない格好を見せてたら、沙良ちゃんに嫌われちゃうわよ?」

「香奈姉、嫌いも何も私は別に寿人くんのことは好きでもなんでもありませんよ」


 幼馴染の棘のある言葉にほんの少しだけダメージを食らいつつ、僕は着替えるために部屋へと戻ることにした。


     *


「それで今日は何の用で来たんだ?」

「だから、さっき言ったでしょ。香奈姉と遊びに来たって」

「まぁまぁ痴話喧嘩はそれぐらいにして」

「「痴話喧嘩じゃない」」


 姉さんは僕と沙良がお似合いのカップルだと誤解しているようで、さりげなくくっつけてこようとしてくる。最近ではそんな姉さんの企みも慣れてきたので、僕も沙良も軽く流すようにしていた。


 別に沙良のことは嫌いではないのだが、優等生である沙良と元引きこもりであった僕とでは釣り合うはずもない。それに僕は久佐野 月に憧れているんだ(男らしいけど……)。

 というわけで、今の所誰かと付き合いたいとかそういった感情は持っていない。沙良だって、姉さんと仲が良いから僕とも関わりを持っているだけで僕に対して特別な感情を抱いているはずもない。


「今日は何のゲームをする?」

「ちょっと気になるものがあったんだよね……」


 そう言って沙良が差し出してきた携帯の画面に映っていたのは麻雀アプリだった。


「沙良、麻雀するの?」

「いいえ、したことはないです。ただ前々から気にはなっていて、香奈姉が詳しかったらこの際教えてもらおうかなって」

「う~ん、教えられるほど上手くはないけど、それでもいいなら」

「それでもいいの! ありがとう香奈姉」


 麻雀か。最近VTuberでもやっている人たちが多いんだよな。この前コラボしてきた人に『今度麻雀やりませんか?』と誘われていたし、この機会に覚えてみるのもいいかもしれない。


「姉さん、僕もやってみたい」

「え~、2人でやるつもりだったんですけど……」

「麻雀なら4人までできるし、いっぺんに2人に教える方が私も楽が出来ていいよ」

「香奈姉がそう言うなら……」


 あまり納得がいっていないようだが、僕も混ぜてくれることになった。麻雀アプリをインストールして起動する。利用規約に同意すると、ニックネームが求められた。


 ニックネームか……、何にしようかな? 今日の出来次第では配信ですぐにできるように、心春で登録しておこう。


「寿人くん、ニックネーム何にした?」


 ニックネームを半分打ち込んだ時に、横からひょいっと沙良に画面を覗かれた。


「心? なんで心?」


 どわっと冷や汗を出てきた。やばいやばい。ニックネームと訊かれてついいつもの癖で名前を打ち込んでしまった。


「いや、変換間違っただけだよ」

「ん? そうなの?」

「うん、ニックネームだっけ? とりあえず、無難に〔ヒサト0909〕にしようかな」

「ふーん、じゃあ私もそんな感じにしてみようかな」


 なんとか、誤魔化せたみたいだ。沙良には僕がVTuber活動をしていることは内緒にしている。絶対馬鹿にされるし、それに女子高校生と騙ってやっているなんてバレたとしたら、ドン引きされてしまうだろう。そういうわけで、沙良にもバレるわけにはいかない。


「2人とも準備できた?」


 何事もなかったように進めてくれた姉さんに感謝しつつ、姉さんの説明に耳を傾けた。


     *


「寿人、それだと役無しだよ。沙良ちゃんはフリテン」


 結論から言おう。姉さんは教えるのがとてつもなく下手だった……。僕も沙良も麻雀のことを全く知らないところから始めたので、まず麻雀用語が分からない。それなのに、姉さんはさも知っているかのように麻雀用語を多用するので、結果知らない単語を聞くだけで終わってしまった。


 CPUを交えてやった結果が、

1位 姉さん 45000点 2位 CPU 31000点

3位 沙良  19000点 4位 僕  5000点

 という、僕と沙良はただただ姉さんやCPUからひたすらロンされるだけになってしまった。


 うん、麻雀は違う人に教わろう。そう心に決めた。


     *


「今日はありがとうございました。また来ますね」

「うん、いつでもおいでね~」


 夕食までちゃっかり食べた沙良は満足げに自分の家へと帰って行った。帰ったと言っても隣の家なんだけどね。


「久しぶりに遊べて楽しかったね」

「まぁ、退屈しのぎにはなったかな」

「もう、そうなこと言って。 沙良ちゃん来たときの寿人はいつも楽しそうだよ」

「気のせい気のせい」

「そんなことはないって、寿人が一番分かってるくせに」


 沙良のことは信頼している。だからこの先も仲良くしていきたいとは思っている。姉さんには誤魔化したところで全て見抜かれているわけだ。ただ恋愛的な意味での好意を僕が持っているという勘違いだけは直してほしいが……


「このあとどうする? 1周年に向けた企画でも考える?」

「それもいいけど、せっかく麻雀やってみたし、今日配信でやってみようかな」

「そっか、じゃあ楽しんでおいで」


 今日は配信をする予定がなかったが、やりたくなってしまったのだからしょうがない。姉さんに背中を押されながら僕は配信部屋である自分の部屋へと駆け込んだ。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 次回、最終話『姉として』 明日6時頃更新

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