後編 無

10.ミカサ市ドカカン食堂


「で、あいつがその場所にいるのはまちがいないんだよね?」

「うん、あんなことができるのは、あの場所でしかありえないし、メールを送れるのもあそこだからなんだろう」

「その狭い狭いアンモナイトの中心にいる人の形をした生き物を処理する方法は?」「これだ」

取り出したのはホームセンターで売ってる手のひらがゴム製の手袋。とてもグリップが良い。

「これだけ?」

「これだけだからいいんだよ、それにこれ」

これもホームセンターで売ってるビニールテープ。切断したコードを絶縁したりするのによく使われる。

「これをぐるぐる巻いて手をガードする」

「向こうは武器をもってるかもよ」

「拳銃とかじゃなければ大丈夫だよ」

「ナイフぐらいは必要だよ」

「むしろ奪われたら危険だよ、とても狭い部屋なんだ、知ってるだろ」


そんな会話をしながら怒りを抑える。車はいつのまにかミカサ市に入っていて、炭鉱跡までもうすぐだ。「ヤる前に、なんか食べよ」と嫁が言うので「何食べたい?」と聞いたら「まって、名物があるよ」とスマホを触る。すぐに店は見つかり、嫁のナビに任せる。そこは個人経営している食堂で派手なオレンジ色の外壁、4台くらい泊められる駐車場、色あせたのれんがはためいていた。中に入ると客は1組しかいなくて、小上がりに座るなり「ドカカンラーメンとドカカンチャーハン!」と嫁が叫んだ。「で、いいよね?」とこちらをむく。もちろん、と答える。嫁はいつもこんな感じでオーダーするので楽だし、だいたい外れない。今回もやっぱり当たりで、ドカカンとはどでかく叩かれた豚ロース肉を何層も重ねて、その間に牛脂やチーズを挟めたカツを使った料理だった、見た目のインパクトに比べとても食べやすく、うまい料理だった。どんぶりを覆っていたカツはあっというまに我々の胃袋に消えた。


「あーおいしかった!さすがに食べられないと思ったけど、おいしいと秒だね!」

そうだね

「これから人を殺すんだから、これぐらい食べても消化できるね!」

そうだね、店主がこっちを驚いた顔で見ているよ、小さな声でね。

「でも、なんだかめんどくさくなっちゃった!すっごい山奥の、すっごい深い地下なんでしょ?」

店主がこちらにやってくるよ、外にでようか・・・

「入口まででしたらごあんないできますよ」

と店主が言う。

「申し遅れました、アジャックです」


9.システィーナ礼拝堂


俺がこの世界に飛ばされる前、たしかにミッツはこんなことを言っていた「アジャックさまは先に行ってもらっているからな」と。「アジャックってあの?」と聞いたら「そうです」とアジャックが答える。「え?あのアジャック!?」と嫁が驚く。


アジャックさまは俺たちの間では神、つまりは壁サークルで知らないものはいなかった。すくなくともコミケに来るような人間には。


「あのアジャックさまがなんでこんなところで食堂を?」「それが、僕もミッツにあの部屋に連れていかれたクチでして」「ああ、やっぱり」「みなさんもですか?」「はい、僕たち夫婦でやられました」「あー、そうですか、それは許せませんよね」「はい、だからこれから殺しに行くところです」「それはすばらしい、ぜひ僕も手伝わせてください」「はい、食堂はいいんですか?」「ええ、あなたたちのような人をまっていたんです」


アジャックさまはある日突然ミッツに訴えられた。内容証明郵便で「お前の同人誌で使っているネタは過去に私が捜索した物の盗作である」という訴えが起こされたことを伝えてきたのだった。そんなものはちゃんとした弁護士に見せれば逆に訴え返せるようなものだと思うが、純真な創作者であるアジャックさまは「とにかく話だけでも」とミッツの指定するここ、ミカサ市までやってきたのだ。


「こわかったですよー、突然地下まで連れてこられて、僕を糾弾する漫画とかパネルがずらーっと並んで・・最後はあの小部屋ですもんね」「それ、どれぐらい昔なんですか?」「2年前になるのかな?こっちの世界に来てから」「僕は昨日です」「私は1週間前」「じゃあ、私のほうが先輩だ、この世界の違和感には気づいてます?」「ああ、なんか認識しないと消えますよね」「そうなんです、ここでは私たちの認識がすべてなんです」「つまりは夢の世界ってことですか?」「ですねー、でも夢よりはリアルですよ、この食堂も実際に存在してます、僕の強い意志によって」


認識することで存在が消えたり現れたりすることに気づいたアジャック氏は「とにかくこの町にいないと戦えない」と覚悟を決めた。「だけど、あの炭鉱だけは認識の外にあるんです」炭鉱近くに住もうと思ったが、そこはアジャック氏の認識が及ぶ場所ではなく、何かをイメージしても炭鉱内では何も生まれず、うまくいかなかったという。


「それはきっとミッツがあの中にいる証拠だともいえます」「で、なんで食堂を?」「ここならアンモナイト炭鉱からの影響を受けなくて、かつ夢だったんですよ・・こんな食堂を経営するの」「へぇ、意外」「まあ、意思の強さがそのまま影響しちゃう世界ですからね、夢ってのは強い意思です」「で、なんでミッツを殺しに行かないの?」


・・・嫁の言葉に真顔になるアジャック。「意思の強さです」「殺す意思が足りなかったということですか?」「はい、私の殺意ではミッツの炭鉱に潜れません」「そうかな?せっかくいい感じで神ってたじゃないですか?それを殺されて台無しにされて殺意ってすごい湧いたんじゃないです?」「あの時は新刊の『舞え!その場飛び変態カンクントルネード!』を書き下ろした後で、その時にすべてを出し切った感覚があったんですよ」「あれは名作です」「ありがとうございます、で、クリエイターっていろんなタイプがいると思うけど、私は1作1作にすべてを出し切るタイプなんです」


「すべてを出し切った後は、無、です。毎日生きているだけの抜け殻で、起きて寝てコーヒー飲んでアニメ見て寝てって感じで、充実しているようで虚無なんですよ、金だけは稼いだんで何もする気が起きなくて、そんなときにミッツから呼び出されて、ああ、まあこんなもんかって」


なるほど、そんなものなのかも。アジャックさまの作品を読んだ後は「この人、もうこれ以上はかけないんじゃないかな?」と思わせる読後感があった。それでも半年後には新しい世界を作ってくるんだから神になるのも当然だった。


「だからね、こんな世界でもいいなって、やっぱり最初はくやしかったし、恐ろしかったし、わけわかんなかったけど、ここじゃ意思とイメージ力さえあればなんでもできるからね、ちょっと手をつないでみてよ」と3人で手をつなぐ「いくよ」と俺たちは飛ぶ。


そこは薄暗く、巨大な空間だった。「ここは?」「バチカンのシスティーナ礼拝堂です」


8.天地創造

「時空間を飛べるように気づいたのはこの世界に来て1年ぐらいした時で、やっぱり驚きました、どんなになんでもありの世界でもさすがにそれはないんじゃないか?って思ってました、でも感覚は騙せませんよね『あれ、俺ってテレポーテーションできるんじゃない?』って感じた瞬間に15㎝ぐらい移動していて、じゃあ次はって窓から見える駐車場にジャンプして、それからしばらく悩んで、おっかなかったけど欲には勝てなくて見えてない場所にもジャンプしちゃったんですよね、ひょっとしたら「いしのなかにいる!」ってなるかもしれないけど、それでもいいやって」


ひんやりとした空間、完璧な空調が施されている証拠だ。目が慣れてくると見たことがある天井画がぼんやりと見えてきた。

「すごい!天地創造だ!!」


「ここに来るようになったのはそのちょっと後で、やっぱり怖かったですね、異国だし、警備は厳重、でもどうしても来たかった、だから飛んじゃったら、やっぱり警備の人に見つかって『え、でもこの警備の人も俺の作り出した存在だよね?』ってイメージすることで消えたんです、それでもう慣れてきちゃって、次来るときには警備やそのシステムを排除するイメージをしてからにしました、で、次の予感がいま、来ているんです」


「みて!アダムの創造だよ!あの指!尊い!!!」

「予感とは?」


「たぶん、時間を超えられます、本来は空間と時間は切っても切れない関係ですけどね、ここでは空間をジャンプできるし、そうならば時間もジャンプできると思うんです」


ミッツは言っていた「「わかんないか?バカだなあ・・・はぁ、ここまで説明してやったじゃないか、いいか?ここはアンモナイトの形状をつかった圧縮装置だ、そしてブラックホール発生装置であり、タイムマシンだ、お前はこれからブラックホールになって、過去の自分に会いに行って、嫁と付き合うのをやめろ」」


「僕はミケランジェロに会いに行きます、そして天井画なんて書いたことがないミケランジェロに足場の組み方やニカワの使い方を教えたい、そしてそれが終わったら原初の地球まで飛びます」

「天地創造・・・ですか」

「結局それも僕の作り出したイメージかもしれないですけどね、それでもいいんです、こんな世界なんだからやりたいことをやらなきゃね」


そういってアジャックさまはこちらに指を差し出した。握手ではない。神がアダムを作りこの世に遣わしたとされるポーズだ。このコミケの神は、本当に神になりに行くのか、僕にできることはその指先を指先で受け止めることだ。


「じゃ、頼みましたよ」と神は言った。「ミケランジェロによろしく」と僕は言ったその言葉が届く前に神は消えた。


8.システィーナ礼拝堂の床


俺たちは天才の作り出した創造物を心行くまで楽しんだ。床に寝そべり、天地が創造されていく姿をくまなく観察した。ここまで連れてきてくれた神はもういない、だけどこの世界が壊れる様子はない。なんでもありなのだ。


「こうやって生命が生まれたんだね・・・」とぼろぼろ嫁が泣いている。本当は違うだろう。これは聖書をもとにしたミケランジェロの創作で、人は人になる前はサルだったり、ネズミだったり、魚だったり、アンモナイトだった。すべての命の起源はきっとアンモナイトのような渦巻き型をしていて、それは無から渦巻き型に爆発する形をしていた。オイラーやゴッホのような天才はそのことに気づいていて、オイラー渦や星月夜が生まれた。だけどそれは観測可能な世界ってだけで、その前はわからない。人は本当にこんな筋肉ムキムキな裸で生まれて、雲の上には羽が生えた天使や神がいるのかもしれない。その神の指先が俺たちを作り「光あれ」と言ったのかもしれない。天地は創造された、無から、無によって。


無、といえばあちらの世界の僕たちはどうなっているんだろう。ミッツによって切り刻まれて、血まみれの肉になって、圧縮されて、圧縮されて、シュバルツシュルト半径まで圧縮されて、ブラックホールとなれたんだろうか。そのブラックホールからミッツがこちらにメールをよこす。「ハローハロー、そっちはどうだい?ちゃんと離婚できたか?」その画面を嫁に見せると「こいつってバカだね」と笑った。


7.アンモナイト鉱山


天地創造をいつまでも鑑賞していたいが、さすがに腹が減ってきたし体も冷えた。「そろそろ行くか」と嫁に声をかける。「うん、大丈夫?時空の移動のイメージはつかめた?」と嫁が言った。だから嫁の背後に飛んで抱きしめようとしたら嫁が消えて、背後から抱きしめられた。「大丈夫みたいだね」という、まったくこの人にはかなわない。


「じゃ、まかせるよ」と嫁が言う。

「じゃ、とりあえず」とアンモナイト鉱山に飛んだ。


アンモナイト鉱山最深部の消失点には黒い点があった。世界の亀裂ともいえる。点は質量をもたず、大きさもない。だがそこに点があると感じる。それはきっとミッツの強い意思なんだと思う。ここだけが、元居た世界とつながっている。


「どうする?」と嫁に聞かれたので「せっかくだしなあ」と俺は点に向かって指を差し出す。イメージしているものをつかみ、こちらに引きずり込んだ。


「っとおあ!!!」とビビっているミッツが釣れた。俺はビニールテープでがちがちにまいた軍手パンチを頬骨に叩き込んで、ふたたびミッツをあちらの世界に戻した。


「これでいい?」と嫁に言うと。「うん、スッキリした」と言う。「じゃ、閉じようか」「そだね」ケータイの電波ぐらいはこの点を使って向こうの世界とつながっている。ろくでもないものが入ってきたり、出たりすることもあるだろう。


で、どうやってこの点を閉じればいいか考える。「やっぱりこのアンモナイト鉱山がだめなんじゃない?」と嫁が言った。


だが、この鉱山を破壊することは不可能だった。ここがミッツの意志そのもので、アジャックさまでさえ手出しができなかったという。どんな意思も、物理的干渉も受け付けない。アンモナイト鉱山をつぶすイメージをしても、ダイナマイトを盗んでぶっ放しても、空間を丸ごと宇宙空間に飛ばしても、それを笑うかのように鉱山はそこにあった。


6.天地創造点


「もーほっとこうよー」と嫁の意見に折れそうになったが、やっぱりミッツとのつながりは切っておきたい。「それにさー、この点がなくなっちゃったら私たちの存在も危ないんじゃない?」まあ、あっちでは死んでるしね「だってさ、こっちの世界が夢だとしてもいいじゃん、別に」そうかもね「あのバカ以外にもバカばっかりだったしさ、腐ってるのもいっぱいいたし、もういいよー」「でも、美しいものだってたくさんあるじゃない」「それはそうだけどさー、あ!じゃあ友達だけ呼んでみるのはどう?」「それって殺しちゃうってこと?」「でも、さっきのミッツはうまくいったじゃん」「あいつだけ特別なのかな?」「ねね、もっかいさっきのミッツを呼び出すやつやって!」


しょうがないので、アンモナイト鉱山のやや広い部屋に飛んで、指だけを点に向かって飛ばした。点はそこにある。指先でそれを感じる。その先に向こうの世界があり、ミッツが鼻血をティッシュで止めているのが見えた。首根っこを捕まえて、こちらに引き込んだ。目の前で、ぎゅうん!とでかくなるミッツが現れた。


「うわ!やめろよ!」

「ねーねー、あんたマジで答えないとケツからもうウンコできない体にしてあげるよ!」

「ひっ!なにが知りたいんだよ!」

「あ?なにその言い方?石食べるか?」

嫁がそこらへんからもってきた石をミッツの口内に飛ばす。

「んごっ!うう!げへぇっ!!!」

ぺっぺと意思を吐き出そうとするミッツ。その後頭部を嫁は踏みつける。

「吐くな」

「んんー!!」

「じゃあ、質問するから答えろ、5秒以内だ、1秒オーバーするごとに指を1本切る」「んーー!!!」

「わかった?」

「ん!」

ミッツの口に詰まっている石を取り除く。

「はーっ!殺す気か!」

「しゃべるな」

「殺す気かって!」

「・・・・・」

嫁の殺気が増す。

「おい、このラムネを見ろ」

手にはいつの間にかお菓子のラムネの入れ物がある。ミッツはわめく。

「お前ら!俺のおかげで生き返ったんだろ!感謝しろよ!バカやろおおおおお!!!ギャアア!!!!!なんだこれ?!!!」

「いいか、次はビンのラムネをけつあなにぶち込むぞ?」

「わかったから!はずしてぇええ!!!」

「爆ぜろ」

パアン!という音がミッツの尻から聞こえた。

「ぎゃあああああ!!!」という悲鳴が響いてうるさい。

たっぷりとその悲鳴を聞いて正気でいられなくなるが、わが嫁はさすがだ。まるでオーケストラを聞いているかのような表情でミッツを見下ろしている。俺は耳のあたりの空気を変えて悲鳴を遠ざけた。ミッツが口を利けるようになるまで5分はかかった。

「何がしりたいんですか?」

「あの点はなんだ?どうすれば消える?」

「だからあれが無だよ、すべての始まりであり、次元の扉だよ、アンモナイトと死はその扉を超える装置なんだよ、おれのすべてがあれだよ、ずっと考えて、確信して、準備して、実行したんだ!うわ、だからいまここ異次元か!すげえ!!」

「だまれ」

興奮するミッツが「んぐ!」といい、一瞬でおとなしい犬のように黙った。いつのまにか右手に握られていたビンのラムネが目に入ったからだろう。

「もう一度質問する、どうすれば消える?」

「・・・・消えません、ギャアアアアアアア!!!!!!!!!」

「いいか、ビンが爆ぜれば次は死ぬぞ!」

「でーすーかーらー!!!消えませんってば!無はどんどん質量を吸収してブラックホール化して、この世界を全部覆います!!!これ!!!わかりやすく言えば!!ビッグバンなんですぅぅぅ!!!!!!」

「バン」

「あああああああああああ!!!!!!!」

聞くに堪えない悲鳴が体を叩いた。嫁に目配せして外に飛ぶ。


5.シンギュラリティ・ポイント


夜のミカサ山の頂上だった。そこに設置されたベンチに座り星空をみあげる。

「どーしよーかねー」

「どうしようもないね」

「この世界、消えるって」

「まあ、安定した世界じゃないよね」

「なんでもできるからね」

「その気になれば地球爆発させたりできそうだもんね」

「でもまあ、過去には行けるのはいいよね」

「そだね、ビッグバンが始まる前なら生きていけるしね」

「いつ始まるんだろ」

「無、がいろいろ吸収し始めるときじゃない?」

「たぶんさ、あの炭鉱があるから始まらないのかもね」

「それ!私の感覚とぴったり!」


なにをしても消えないアンモナイト炭鉱。ビッグバンが動き出そうとしても、再生して安定化してしまう。だから始まっていない。その感覚はあの炭鉱をどうにかしようとしてもどうにもならなかった経験につながっている。まちがいない、答えはこれだ。


ビッグバンはとっくに始まっている。が、ミッツの意志により炭鉱は絶対的に存在する。だから時は始まらないし、動かない。


「だからもし、シンギュラリティポイントがあるとすればミッツが死んだ時だ」

「あのラムネ虫が死ねば炭鉱を守ることができなくなる」

「だからミッツが絶命すると同時にこの世界が終わる」

「うわ、私殺してないかな?」


4.玉座


ケツのあたりから血をだらだら流すミッツはまだなんとか生きていた。「ごめんねー」と嫁がガラス片を巻き戻しビンのラムネの形に戻す。そして俺はこの国でベストの肛門科を探し出し、そこに飛ぶ。いろいろな手続きを意思の力ですっとばし、とりあえずERにミッツをつなげることができたことでホッとした。麻酔でぐっすりと眠るミッツ。「これがこの世界の守護神とはね」と笑う。「王よ、王、これは玉座」


この世界の命運を握っている存在に別れをつげ、俺たちは病院にあるカフェでホットラテを頼んで腰を下ろした。

「さて、どうしようか?」

「未来はラムネ虫おじさんの命の時間しか残されていないのね」

「悲しいね」

「でも過去には行けるのよね」

「アジャックさまみたいにね」

「私、いろいろ行きたい、60年代のアメリカとか、明治維新の京都、フランス革命、ルネッサンスのイタリア、戦国時代、キリストの時代、世界中の過去に飛んでみたい!」

「体の周りの時空を切り離せば、地球外にも飛べるかもね」

「そうか!!!すごい!すごい!!」

「じゃ、行くか」


3.生誕


まずは自分が生まれる瞬間を見たいと嫁が言ったので、その時のその場所に行く。分娩室。うーん!うーん!とうなる妊婦。生まれる!自分が!!


嫁がぼろぼろと涙を流して「ありがとう・・・・」と言う。おれも同感だ。


2.システィーナ礼拝堂


弓のように体をそらせ、ミケランジェロが天井画を書いている。足元ではいそいそと助手が画材を運んだりしていた。そのうちの1人がどうみてもアジャックさまなのだが、こちらには気づかなかった。もしかして、本当に天地創造を見てきて、本当はアンモナイトなんかじゃなくて、人はこんなふうに筋肉マンだったのかもしれない。指先が触れ合うように、その間に生命が生まれたのかもしれない。


1.西暦0年

夜だった。


とある馬宿で妊婦が出産の苦しみを受けていた。外には3人の使徒が神の子誕生のお祝いを言いに来ていた。先ほど見てきた、自分が生まれた瞬間とあまり変わらない。


いったいどうして、生命は生まれるんだろう。そんなことをアンモナイト鉱山のお土産屋で買った小さなアンモナイトを見ながら思う。

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