おまけ・虚像
国王陛下へ拝謁したあの日。私の言葉を聞いた陛下の指示のもと、すぐに私達家族と伯爵家の使用人はそれぞれ別室に移動し、聞き取りという名の厳しい尋問を受ける事となった。
そこで明らかにされたのは、お姉様に対する教育という名の残酷な虐待の数々だった。
お父様とお母様が“あれに何をしても不問とする”と通達した事で、彼らは一切の手加減なくお姉様に手を上げ、日頃の鬱憤を晴らしていたそうだ。
我儘で癇癪持ち、使用人に当たり散らし、厳しく言い聞かせても嘘を吐く手が付けられない子。
私が聞いていたお姉様の姿は全てが作られた偽りのものだった。
尋問を担当した方の秘書官がこっそり教えてくれたお姉様の生きてきた環境を聞いて、私はしばらく身体の震えが止まらなかった。
そんな環境にいたお姉様は、我儘は勿論の事、癇癪なんて起こせるはずがなかったのに。
書記官から聞いた両親と使用人は、私が今まで見てきた“優しい彼ら”のそれとは真逆の姿だった。
その話を聞いてショックのあまり気を失った私が次に目覚めた時には、カビ臭いジメジメとした陰鬱な雰囲気が漂う地下牢に入れられていた。
どんなに両親に会いたいと叫んでも、その声が聞き入れられる事はない。
この場所に放り込まれてから一体どれくらいの時間が経ったのかしら。
もう時間の感覚もないけれど、目を瞑り自分を抱きしめるように体を丸めると両親の温もりと優しい笑顔が浮かんでくる。
――いいか、サーシャ。嘘を吐いてはいけないよ。お前は心の優しい誰からも愛される子なんだから。
――サーシャ、貴女は私達の自慢の娘。貴女は愛される為に生まれてきたの。皆が貴女を愛さずにはいられないのよ。いいこと、絶対にあれのようになってはダメよ。
約束だ、サーシャ。
約束してね、サーシャ。
そう言って私を愛し、抱きしめてくれた両親はもうこの世にいない。
あの日陛下の御前で虚偽の事実を述べた事と、精霊の愛し子であるお姉様を虐げた罪で先日公開処刑が行われたからだ。
今は順番に使用人達の処刑が行われていると親切な牢番の男が教えてくれた。
……私の順番はいつ来るのかしら。この薄暗い陰鬱とした空間に一人でいると、気が狂いそうになる。
楽しかった思い出に縋り、ただひたすら自分の番を待つ事でしか正気を保つ事が出来なくなっていた。
「おい、出ろ」
処刑される事だけを心待ちにしていたある日、牢番が私の牢屋の鍵を開け、外に出るように言った。
ようやく会いたいと願った両親の元に行けるのだと心が弾んでいた私に、世界はどこまでも残酷だった。
「お前は直接リリー嬢への虐待に加担していなかった。よって市井に下る事が許された。これは陛下からの温情だ、せいぜい感謝するんだな」
「……」
それだけを言われた私は牢の外へ強制的に引きずり出され、すぐに城の外へと捨て置かれた。
「温情……」
本当にこれは温情なのかしら。
少し前まで貴族令嬢として生きてきた私に、突然平民としていきる事など出来るわけがない。
陛下は右も左も分からない私が、どうやって平民として生きていけると言うのだろう。
今までずっと両親の望むがまま生きてきた。
心優しいサーシャ。嘘など吐かず素直な子。誰からも愛されるサーシャ、愛さずにはいられないサーシャ。
(……私はどうしてこうなったの?)
素直で優しい子は誰からも愛されて大切にされるのでしょう?
私を愛さずにはいられないのでしょう?
ならどうして、陛下は私を市井に下らせたの?
どうして、婚約者だった筈の王太子殿下は一度も私の元へ会いに来ては下さらなかったの?
お父様とお母様の言う通りにしたのに、どうしてこんな目に合うの?
今になってお姉様の気持ちが少しだけ分かる気がする。
きっとお姉様も今の私みたいに辛い思いをしていたに違いないもの。
そのままふらふらと歩いて道の隅まで行き、地面に座り込んでいた私の肩に誰かが手を置いた。
ゆっくり顔を上げると、そこには身なりの良い紳士が佇んでいた。
「お嬢さん、こんな所に一人でいたら危険だよ。悪い人間はどこにだっている」
「……おじ様は悪い人ではないの?」
「私かい?さぁどうだろうね」
「ねぇ、おじ様。おじ様は私を愛してくれるのかしら?」
「それはどういう意味だい?」
「人は皆、私を愛さずにはいられないんですって。だからおじ様も、私を愛さずにはいられないのかしら?」
「ああ、そうだね。君を愛さずにはいられないよ。だからどうか、この手を取ってくれるかい?」
「ええ、いいわよ。だって私は心の優しいサーシャですもの」
そうよ、お父様もお母様も仰っていたわ。私を愛さずにはいられないと。
陛下も王太子殿下すら私を裏切ったけれど、この人はもしかしたら優しい両親のように本当に私を愛してくれるかもしれない。
おじ様が差し出す少しかさついた手をそっと握りしめ、彼の後ろを着いて歩いていく。
私は愛される為に生まれてきたの。
お姉様は精霊様の愛し子だったのかもしれないけれど、私はこの世界でずっと、ずっとずっと愛されて生きていくの。
ふとおじ様を見上げると彼もこちらに気付き微笑み返してくれた。
(大丈夫、私を愛さずにはいられないとお父様達は仰っていたもの)
貴族ではなくなったけど、私は必ず生きて全ての人間から愛されるのよ。
そう、永遠に。
「知らない人に付いて行ってはいけないと、大人から教わらなかったのかな」
楽しそうに口元に弧を描くおじ様には一切気が付かないまま――。
end.
この地獄のような楽園に祝福を おもち。 @motimoti2323
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