おまけ・愚か者の末路②



「それはそうとルーズベルト伯爵には娘が二人いたな。次女のサーシャ嬢は来ているが長女の方はどうした」

「っ!?」


 これで我が家に戻れると安心していた私に再度緊張が走った。

 だが大丈夫だ。あれの事を聞かれても問題ないようにきちんと答えは用意している。


「恐れながら我が家の長女リリーは生まれつき病弱な為、本日の陛下への拝謁は難しいと判断し、屋敷にて療養しております」


 これは普段から我が家であれの事を聞かれた際の決まり文句のようなものだ。

 病弱な令嬢をわざわざ着飾らせ呼び出す程陛下も鬼畜ではない。

 そう見込んだからこそ使用人にもこれで通すようにきつく言い聞かせたのだ。

 だから大丈夫。陛下も分かってくださる。

 そう思い、自信を持って陛下に進言すると先程から不思議そうに私の顔を見ているサーシャがおもむろに口を開いた。


「お父様、お姉様はいつから病弱なのですか?」

「サ、サーシャ静かにしなさい」

「お姉様はとても元気だったでしょう?いつも癇癪を起して大変だと仰っていたではありませんか」

「サーシャ、いいから静かに。へ、陛下、娘は少し疲れたようですので、これにて下がらせていただきます」

「あら?私は疲れていないわ。それにお姉様は療養などしていないじゃありませんか」

「サーシャ!!」


 私は咄嗟にここが何処だかも忘れてサーシャを怒鳴りつけていた。


「サーシャ嬢、それはどういう意味だ」

「お姉様は先日精霊様と共に精霊界に行かれたのです。精霊様がお姉様をお迎えに来たのです」

「ほぅ、そのような報告は上がっていないが」

「も、申し訳ございません。私が失念しておりました」


 先程から一切空気を読まないサーシャを一秒でも早く下がらせたいのに、陛下が娘の話に耳を傾ける為、口を挟む事が出来ない。


「それで、サーシャ嬢。その時その精霊は何か言い残したりはしていなかったか?」

「意味はよく分かりませんでしたけれど、お姉様を痛めつけた人たちに褒美を与えると仰っておりましたわ。でも褒美をいつまで経ってもいただけないと、お父様もお母様も嘆いていておりますの」


 ニコニコとこの場の状況をまるで理解していないかのように微笑むこの娘は一体誰なのだろう……?

 私の可愛いサーシャはここまで空気の読めない阿呆だっただろうか。


 「今不穏な言葉が聞こえたが、リリー嬢の事を傷つけていた者がいたのか?」

 「い、いえ!!陛下それは何か誤解が「お姉様は特別な教育が必要なのですわ」」

 「特別な教育とは?サーシャ嬢、それは一体どんな教育なのだ」

 「詳しい内容は分かりませんが、何をしてもいいとお父様は仰っていましたわ。ね、お父様、そうよね?」


 そう言って微笑む娘の笑顔は陛下の御前である事と、今この場で笑顔を伴って話す内容ではない事を除き私達夫婦が愛してるサーシャそのものだった。

 しかしどうして急に言葉が通じない子になってしまったのだろう。


 私には理解出来なかった。その胸の内が表情に出ていたのかサーシャは不思議そうに首を傾げながらゆっくりと口を開いた。


 「お父様もお母様も普段から嘘はいけないと仰るではありませんか。誰に対しても嘘はいけないと。だから私、嘘は言わないわ!お姉様が精霊様と共に行かれた事も、お姉様に対する教育に関しても嘘は一つもないもの」


 ふふっと笑った娘は何一つ間違っていないと確信している表情をしていた。

 確かにサーシャに対して日頃から嘘を吐いてはいけないと教えてきたが、それはあくまで家族の中限定の話で、陛下の御前で……何より今この状況で適用される事ではない。


 私の娘はどうしてそんな簡単な事も分からないのだろう?

 きっとサーシャに対して知らない何かを見るような視線を向けてしまっていたのだろうか、彼女は再度首を傾げそれから何度か瞬きをした。


「リリー嬢が精霊と共に消えたのはいつの話だ」

「ひと月程前だったでしょうか。あ、ちょうど結界が張られた前日だったと思いますわ。精霊様が仰っていた“褒美”と何か関係があるのかしら?」

「……どうやらサーシャ嬢の言ってる事の方が信ぴょう性が高そうだ。宰相、すぐに後ろに控えている伯爵家の人間も含め、ここにいる者全員に尋問を開始しろ」

「御意に」

「陛下、お待ち下さい!サーシャは、娘は何か誤解しているのです、私達はあの子を虐げてなどおりません!!」

「ルーズベルト伯爵、それは各々の尋問でゆっくりと聞く事にしよう」

「そんな……」


 陛下の言葉を聞き、絶望から私はその場で膝から崩れ落ちた。

 一人一人に尋問などしたら私の嘘が明らかになる。

 そして、あれにしてきた仕打ちも何もかも……。


 あぁ、終わった。

 私の輝かしい未来も、次期王太子妃の父である未来さえも、全てが一瞬で消え去っていく音がした。


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