おまけ・愚か者の末路①
陛下の御前に拝謁させて頂いたのは何も今日が初めてではない。
だがこのような形で私達家族が呼び出しを受けるなんて一体誰が想像しただろうか。
目の前には国王陛下並びに王妃殿下、そして王太子殿下に宰相といった
私の横には顔を真っ青にして今にも倒れそうな妻と、どうして王宮に呼ばれたのか理解が追い付いていない娘が並び、後方には我が家の使用人達が膝をついていた。
「面を上げよ」
陛下の重くのしかかるような声と共に、私達はそれぞれ顔を上げその後に続く言葉を待った。
普段の私であれば嬉々として陛下のお言葉を待ちわびただろう。
だが今の私には、これから賜るお言葉が心底恐ろしく、叶う事ならすぐにでも逃げ出したいとさえ思っていた。
しかし現実は無情にも逃げ出す事を許してはくれず、私達家族は陛下の御前で家臣の礼をとっている。
「今日はそなた達に聞きたい事があり呼び出した次第だ。一月程前から突如として我が王国の空全体に灰色の結界が覆っており、この結界により内外への出入りが出来なくなり問題になっておる。この件についてルーズベルト伯爵、其方が知っている事はあるか?」
「っ……お、恐れながら申し上げます。結界についてはこの目で確認しておりますが、その原因に関しては私達には何の事だかさっぱり……」
「ほぅ、ルーズベルト伯爵は此度の件は一切関係がないと申すか」
内心冷や汗が止まらないが、ここは何とかシラを切り通し大切な家族を守らなければならない。
ひと月前に突如として現れた精霊様は我が家の厄介者を求められ、その場であれと共に精霊界へ戻られた。
そしてあの時、精霊様は確かに仰った。
『私はお前達を傷つける事などしない』と。
あの瞬間は罰を受けるかもと肝を冷やしたが、精霊様は続けてこうも仰った。
「お前達には私から、その身に余る程の褒美を与えよう」
そう言って精霊様は全てを慈しむように微笑まれた。
その身に纏うあまりの清らかさに、その場にいた者全ての人間が心の中で精霊様に感謝を申し上げただろう。少なくとも私は精霊様の慈悲深さに感謝申し上げたのだから。
確かにあれを放っておくように言ったのは私だが、まさか精霊様に見初められるなんて……あの瞬間程あれを生かしておいて良かったと思った事はなかった。
(邪魔だと思って捨て置いたものが今更我が家の役に立つなんて……)
(それにしても何故精霊様はあれをお選びになったのだろう?我が家の娘ならば愛らしく、心優しいサーシャがいるというのに)
しかし相手は精霊、人間とはそもそも考え方や価値観が違うのだろうと結論付け、私はそれ以上深く考える事をしなかった。
あれからすぐに精霊様の仰った“褒美”を期待し待っていたが、いつになってもその“褒美”を頂けるような気配はない。
そしてあれが消えた翌日、一夜にして王都の空を中心に灰色がかった結界が張られているのを目にした。
国全体を覆っているその結界は調査団によると触れる事は出来るが、あくまで触れる事が出来るだけで外に出る事が出来ないとの事だった。
そして後日の報告で結界の中に入る事も出来ないと分かった。
突然どうしてそんな事になったのか見当がつかなった私だが、一日、十日と時間が過ぎる度に何故だかとても嫌な感覚に襲われていった。
(まさか……そんなはずはない)
(精霊は絶対に嘘はつかれないと聞く。ならば、どうしてこんなにも不安に駆られるのだろう)
私は見えない影を振り払うように、無理矢理結界の事から目を背けて過ごした。
そうしていないと見えない何かに暗闇の中へと引きずり込まれそうだったからだ。
国王陛下が貴族達を王城に呼び、結界の事について聞き取りを行っていると聞いたのは数日前の事だった。
一抹の不安を抱えながらも、我が家に精霊様が姿を見せた事はまだ誰にも知られていないと自分に言い聞かせた。
あの日、あの場にいた人間には厳しく箝口令を敷いたんだ、そう何も問題はない筈だ。
先程から何も仰らない陛下を前に、私はどうかこの場を乗り切れるようにと必死に神に祈るしかなかった。
「ルーズベルト伯爵、そなた……何か私に隠し事をしているのではないか?」
「そ、そんな!!陛下に忠誠を誓っている者として、先ほどの言葉に嘘偽りなど御座いません!」
「そうか、私の思い過ごしのようなら問題はない。時間を取らせてすまなかった」
「い、いえ、勿体ないお言葉でございます」
我が家への疑惑も何とか晴らす事が出来た私は、その場でずっと緊張していて強張っていた身体の力を抜いた。
その時陛下がふと思い出したように口を開いた。
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