最終話 この地獄のような楽園に祝福を②



 後継者争いは予想よりも簡単に決着が着いた。

 もともと兄弟間で一番出来損ないと言われた私が、何故か後継者として陛下から指名された時の残りの兄弟達の顔は今思い出しても愉快なものだった。


 私が出来損ないとして振る舞っていたのはひとえに王座に興味がなかったからだ。

 そして無駄な争いが煩わしかった為、敢えて出来損ないを演じる事で今日まで生き延びる事が出来たのだ。


 後継者として指名され、その場で陛下が退位を意を示した事で同時に私に譲位する事を宣言された。

 ここまで来るのにそこまで時間は掛からなかったが、時間の流れが違う人間界では既にリリーは十五歳になっていた。


 離れている間、私が彼女を忘れた時は一度もない。

 私達の魔力は確かに繋がっているから、その時受けた彼女の痛みや傷ついた心、その全てがまるで手に取るように私に伝わってきていた。


 その度に血が滴る程きつく拳を握りしめ、今はまだその時ではないと必死で自分に言い聞かせその場を耐え忍んだ。


 そして遂に待ち望んだ時が訪れリリーを迎えに行くと、目の前で彼女は使用人に痛めつけられていた。

 家族にはなれないと理解しながらも、それでも家族として認められたいと長年願ってきた相手に告げられた一言は、彼女の心を壊すには十分すぎる程の威力があった。


 私の腕の中で泣きじゃくるリリーを抱きしめ、まずは彼女の意向を確認する。

 リリーを育ててくれた彼らへの、私から送るプレゼントはその後でも決して遅くはないのだから。

 リリーの気持ちを確認すると彼女はあの時と変わらず、今でも私と共に生きたいと願ってくれていた。


 彼女の気持ちはが、本人の口から直接聴けるとはなんと甘美で禁断の果実のように魅惑的なのだろうか。今思い出しても子供のように心が躍ってしまう。


 ふと、最後に見た彼らの姿を思い出す。

 ああ、あれは実に愚か者にふさわしい幕引きだった。

 私はあの日、今後二度と会うことのないリリーの元家族達へ、最初で最後の贈り物をした。


「私の妻を散々可愛がってくれた礼はきっちりしよう。私はお前達を傷つける事などしないし、それは今後も変わらない。そもそもそれは私の役目ではないからな」


 私はね、お前達に感謝しているんだよ。

 可愛いリリーをここまで追い込んでくれた事を。手加減なく痛めつけズタズタにしてくれた事を。

 お前達がリリーを蔑ろにすればする程、彼女の心は人間界への未練を失くした。

 今だってあれだけ求めていた実の家族よりも、たった一度会っただけの私を選んだのだから。


 そしてつくづく人間は目先の物事でしか判断出来ないのだと哀れに思った。

 リリーはある日突然魔力が枯渇したと言っていたが実際は違う。

 彼女の魔力は枯渇したと思われたその日から、現在までずっと増え続けているのだから。


 それは人間が認識出来る範囲を大幅に超えているため、魔力自体を感知出来なくなっているに過ぎない。

 だからリリーの魔力は決して枯渇などしていない。その証拠に彼女は身体に不調を来してなどいないし、意識もはっきりしている。


 彼らはこれから自らの手で、今後二度と手に入らないであろう珠玉を手放すのだ。

 目の前で怯える哀れな人間共に、として笑顔を向ける。


 私の顔を見て無様にも床に座り込み、身を寄せ合って怯えるリリーの大切だった者達へ。

 愛するリリーに、私の選んだ愛し子への数々の仕打ちに対する褒美を与える為に。


「お前達には私から、その身に余る程の褒美を与えよう」


精霊王から愚かなお前達に、そしてこの地獄のような楽園に、永遠の祝福を――。

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