ふたり飯に隠れたひとり飯の謎
横山佳美
ふたり飯に隠れたひとり飯の謎
二人掛け用の落ち着いた木目調のダイニングテーブルに映える、
白で統一した食器に繊細かつ大胆にご飯、お味噌汁、主菜に副菜2品の朝食を盛りつける。
神は細部に宿るのだ。最後まで気を抜けない。
炊飯器から炊き上がったばかりのツヤツヤ、ホクホクのご飯を茶碗にふんわりと盛り、真ん中に500円玉程度の窪みをご飯の粒を潰さぬよう箸でサッサと作り、そこに近所の養鶏場の取れたて新鮮な卵を割り入れる。黄身が少しオレンジががかっていてプルンと大きい。醤油をクルッと一周回し入れ、鰹節を一握りパッと振りかけたら出来上がり。
「急げっ!鰹節が踊り狂っている30秒間が勝負だ!」
部屋中のカーテンを素早く開け、春の朝日のスポットライトを当てて、
最高に映える一枚のアートのような写真が撮れた。
「よし、完璧だ!」スマホをテーブルに置き、やっと椅子に腰掛ける。
「いただきます。」と丁寧に手を合わせ、
早速、ズズズっと熱々の分葱とナメコの味噌汁を啜る。
二口目は箸で具も一緒に流し込む。ツルっと勢いよく口に入り込むなめこの口当たりがたまらない。
「あー、うまい!」
『シンタロー、オイシイ?』
「うん、美味しい!」
卵かけご飯を一気にかき混ぜて、勢いよくすすり込む。
ズルズルズル。美しいアートを破壊していくのもなんとも気持ちがいいものだ。
今日の主菜は鮭のホイル焼き。
見た目よく開けたおいたホイルを、今度は豪快に全開する。
椎茸、エノキ、バターと鮭の匂いがちょうどよく混ざり合った、クリーミーで甘塩っぱい匂いだけでも、ご飯が3杯食べられそうだ。
副菜だって手を抜かない。まずは、昨晩作り置きした今が旬のフキの煮物。
昆布とカツオで丁寧に取った出汁がフキの甘味と少しの苦味を引き立てた
シンプルだが最高の一品。
最後は、お隣さんのミヨちゃんにもらったきんぴらごぼう。
少し甘めの味付けに隠し味の七味でピリッとアクセントがあり
シャキシャキの食感がたまらなく旨い。
「今日は、ミヨちゃんにフキの煮物持っていこう。喜んでくれたらいいな。」
「ごちそうさまでした。」
『ゴチソウサマデシタ。』見事なオウム返しに思わず笑みがもれた。
半年前から働き始めたこの職場では、僕の事を知らない人はいないだろう。
田舎道でもハイヒールで颯爽と歩く美人のシティガールの彼女を連れ、都会からこの田舎町の古い家をわざわざ選んで越してきた物好きとして有名なのだ。
小さな町で生まれ育った僕は、子供の頃、母親がどうしてこんなにも人目を気にするのか、理解できなかったが、今の僕には母親の気持ちがよくわかった。田舎では噂が一瞬で広まるのだ。
突然、違う部署の男性に
「これってさ、山田くんのインスタじゃない?声が山田くんに似てるし、この養鶏場ってあそこのだよね?」って声をかけられた。
「あー、そうなんすよ。バレました?」ってだけの短い返答も言い終わらせてくれない程、彼は興奮して話し続けた。
「彼女の名前、よーちゃんっていうの?」
「山田くんが料理が得意なんて知らなかったよ」と一人でベラベラと今年一番のネタを収穫しましたと言わんばかりに彼の妄想なんかも色々と盛りながら喋り続けている。話が止まらないし、現実とは違う変な噂が広がるのも嫌だと思い、
「今晩、僕の家で夕飯食べませんか?」とついつい誘ってしまった。
もちろん、暇な独り身の彼は「いいの〜?」とノリノリだ。
職場の男性を連れて、外は真っ暗にも関わらず電気がついてない家に帰ってきて、
「ヨーちゃん、ただいま〜。」とリビングルームの扉を開け電気をつけた。
そこに居たのは、彼女ではなくて
「ヨーちゃんです。ヨウムのヨーちゃん。」
同僚に考える暇を与えないよう間髪入れずに話し続けた。
「色々話せば、長くなるんすけど、
ここに引っ越してきたばかりの頃に、彼女と隣町にあるペットショップで、
前から彼女が欲しがってたヨウムを予約したんですが、彼女がやっぱり田舎には住めないって都会に帰っちゃって、ヨウムのことをすっかり忘れた頃にペットショップから連絡がきて、そのまま買い取ったんです。ヨウムってすっごい頭がいい鳥で意外と可愛いっすよ。
それで、ヨーちゃんがきてから一度は諦めた彼女の気をもう一度引きたくなっちゃって、ヨーちゃんを新しい彼女という程で、新しい彼女の為に僕が美味しそうな料理を振る舞まっていたら、やきもち焼いて連絡くれるんじゃないかと、今考えると浅はかな理由でインスタ始めたんです。
オレ、元々、料理は全くできなかったんですけど、
隣におばあちゃんが住んでいて、料理教えてもらったんですよ。
昔からハマると、とことんハマる性格っていうか。やってみたら得意だったというか。。。。
まぁ、子供の頃から憧れてた都会の大学に進学して
仕事もハマって向こうでバリバリやってたんですけど、都会に心が疲れ切っちゃって、、、、
ここに引っ越してきてから生き甲斐とも言える、
すっごいハマれる料理という趣味も見つかったし、やっと、精神的にやっと元気になれたんすよ。」
自分の事を話すことが苦手な僕は、恥ずかしくて質問させる間も作らせず早口で一気に話した。
同僚は、すごい情報量を処理中のようで、口がずっと開いたままだ。
次の日、デスクで昼飯を食べていると、少し前から気になってた隣の席の女の子が、
「わぁ〜!美味しそうなお弁当。手作りですか?山田さんのインスタ見ましたよ。
彼女さんの為にあんなに美味しそうな料理作ってるなんて、彼女さん幸せですね!」と、昨日の同僚が、僕の家に来る前に広めた噂が、もう職場中に広がっているようで、思わず、ほうれん草とチーズ入りの卵焼きを弁当箱から箸でつまみ出し、こう言ってしまった。
「これ彼女の大好物なんだよね。」
ふたり飯に隠れたひとり飯の謎 横山佳美 @yoshimi11
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