8th spell 大火に染まる魔法城

*暴力描写あり、残酷描写ありです

苦手な方は薄目でご覧ください


「敵襲ー‼」

門扉を守っていた魔法使いのひとりが遠隔魔法で危機を知らせた

彼の一言で城の中に緊張が走る。

赤い絨毯がひかれた大広間で仲間と談笑を交わしていた城主ーミアの父、デュランも顔を強張らせて彼からの次の情報を待った


声には焦りと恐怖が入り交じり、事態の非常さを物語っている

もう敵はそこまで迫っているのだろう、声の後ろから銃撃を連想させる小さな爆発音が連発していた

「相手は?」

デュランが信じられないと青ざめた表情で部隊に投げかける

「昨夜、お話し合いに出られた人間たちかと。」

「まさか・・・。」

条約締結は目の前だったはずだ


人間と魔法使いの間で結ばれるはずだった平和条約

互いに協力関係を結び国をさらに豊かに発展させていきましょうと固い握手を交わしたはずではなかったか

昨夜だ。たった1日弱ほど前の話。

昨日の夜が更けるまで話し合われた会議は夜が明けるほんの少し前まで続き、ようやく城へ帰ってきたときにはもうすっかり朝日が高く昇り爽快な朝の空気を白く染めていた


笑顔で別れ、次の会議では今後の両国の発展へ向けた詳細な条約作りへ、足を前に進めるはずだった

人間と魔法使い。永く互いを誤解し合い忌み嫌い合ってきた。

だがしかし、不毛な争いに幕を閉じ両者が相応に協力し合って経済、そして豊かな生活を築こうと手を結ぶ、これまでのことは水に流して、先へ、と、ついさっき誓ったばかりだろう。


笑顔は、仮面であったのか

言葉は、上っ面であったのか


くそ・・・と、父上は唇を噛むが、人を信じ反撃の遅れをとったこと。それだけが今ある事実だ。


デュランは急ぎ反撃の号令をかけた

出入口に優秀な魔法使いを配備し、魔法陣を作らせる

火や水、氷、風といった様々な色の魔法が飛び交いながら人間たちの放つ銃器に対応する

瞬く間に火の手が上がり、喧騒と煙で王宮はいっぱいになっていった

割れた窓から黒い煙が立ち上って、濃い紫色に染まった空へ昇っていく

窓だけだった煙はやがて、大砲の砲弾で大穴が開いた壁からも雪崩のように押し出てもうもうと狼煙をあげてもまだ晴れず

人間か魔法使いか、消炎の中から沸き起こる悲鳴や咆哮はどちらのものかわからない


甲高い叫び声、刃物がこすれる鈍い音、業火の轟。

不思議と恐怖は無い。安穏な生活を一蹴させた人間たちへの嫌悪と増悪で腹の底に何かどす黒く剣呑なものがふつふつと溜まって、胃の中でむせ返る。


柔らかい絨毯の赤が土砂や刀傷にまみれ、そして新たな鮮血で染まるのにそう時間はかからなかった

回復魔法の使い手たちが早急に回復を施しても追いつかないほどの負傷者の数々だ

痛みに顔をゆがめて腹を押さえる手から、いやに鮮明な赤色が滲んで紅色の水たまりはどろりと濃密に大きく不気味に広がる


窓の外では王宮へ向けて何十という大砲が咆哮をあげてうなっている

対策を備えてきたのであろう人間勢の攻撃は止むことが無く、対抗する魔法を打ち砕いていく

次々に重ねられる魔法陣はガラスのように簡単に割られ、魔道具の類は目につく傍から炎で焦がされて炭と化し砂塵へ変わる

焦げ臭い香りが鼻を突いた


炎の海は城の外、もうすぐそこで火柱を上げ外は橙色一色に染まっているというのに、切り取られた映像を傍から眺めているだけの傍観者のように頭の回転は鈍い

日常が一転し大火に飲まれていくのを夢でも見ているのかのように立ち尽くす


反撃とは名ばかり、誰の目にもこちらが押されているのは明らかだった


しかし、魔法使いの闘志は消えてはいない

ありとあらゆる魔法を叩きこみ1つ、また1つ大砲を消していく。

あるものは氷に巻かれ、あるものは大樹に巻かれる

冷徹な金属武器はただの大きな鉄の塊に姿を変えて人間勢はこぶしを握って魔法使いたちを睨んだ


「火をつけろ!」

人間が大きな声で発する。

その声に反応した魔法使いたちは、人間が返事をする暇すら与えずに当たり一面にバケツをひっくり返したような大量の水が降った

あまりの勢いと重さに耐えかねて鎧をかぶった彼らは地面に転がってただの鉄の塊と化す


「僕もいきます。」

ミアは冷や汗を浮かべるデュランの手を握った

まだ魔法使いとしては見習いの身、母上や父上にははるかに及ばない実力かもしれない

けれど自分に何かできることがあるのなら、全力で戦い抜いて終わりたい


自分には何ができるのか。ミアはまっすぐデュランを見て、指示を待った。

けれど、そこに浮かんだのは城主デュランの顔ではない。ただ娘を案じる父親の顔だった

父はミアの顔をしっかりと見て、ゆっくり頭を撫でる

濃い紫色の瞳が哀しみに潤んで、大樹のように優しく笑う

大きな手重厚感のある手がミアの細い猫っ毛を撫で、頭の上を何度かすべった


それだけでは耐え切れなくなったように、ミアの背に腕を回してぎゅっと厚い胸の中に抱きこめる

父の胸は暖かく海よりも深くミアを包み込む。

喧騒は遠く薄くなって、どこよりも安心できるこの場所で父の鼓動と温かさを身体いっぱいで受け取った

苦しいほどに締め付けられた腕の中で、父は何も言わなかったがそれでも「お前を離したくない」その想いはひしひしと伝わってくる


ぽんぽんと、2回、軽くミアの背を叩く

僕が悩んで、辛くなって、父上に泣きついたとき、いつもこうして抱きしめてくれたのだ

励ましてくれたのだ

くしゃりと軽くミアの髪を掴んで、そして、父は抱きしめていた腕を離し、娘の瞳を見つめる


「ミアは最後までみんなを守りながら逃げなさい。」

「ですが・・・母上は、みんなは、」

十分に対策を講じてきたのだろう人間勢の勢いはこちらの陣営を瞬く間に押し返し、すでに王宮の中に人間が入交って剣をふるっている

恐ろしく研ぎ澄まされた剣は、的確に魔法使いたちを貫いて血吹雪をあげさせている

真赤な霧はあちらこちらで広がって、壁に新たな大小の水玉を描いていた


さっきまでみんなと笑っていたのにー


思い出の品々も次から次へと壊され、あちらこちらで火柱があがる

腹の底から脅かすような重々しい銃撃音と

人を切り裂いていく剣の金属音ばかりが王宮にこだまする

魔法使いの最大限の詠唱と断末魔の叫びが入り混じる

粉塵にまみれながら倒れていく家族、親友、共に過ごした仲間たち


ミアは耐え切れなくなって人間たちへ反撃を加えようと宙に魔法陣を描く

それをデュランは優しく制止して

「早く、いきなさい」

とかぶりを振った


デュランはミアをかばうようにして背を向けて立ち、魔力を全身に込めていく

身体は魔力のオーラに包まれて青白く燃え滾った

父の背中は大きく、立派だ。

僕もいつかああなりたいと願った姿

「父上!」

ミアの叫びにデュランはちらとも振り返らず、目の前の敵陣に集中していた


デュランの側近がミアの肩を優しく叩いて

「こちらへ」

と誘った

「嫌だ。僕はみんなと一緒に戦う。」

ミアの目から涙があふれた

透明な雫が大きな粒となってミアの真っ白な頬を幾筋も濡らしてゆく

側近の手を振りほどいて戦果の中へ駆けて行かんとかぶりを振った


ここで離れたら、おそらくもう会えないのだとミアは予期して、だから意地でもここを離れないと自分の心に誓ったのだ


「ミア様はわたしたちの希望でございます。さあ、こちらへ。」

どうして、こんな場面でそんな優しい顔で笑うんだ

柔らかい手がミアの手を掴んで優しく引いていく

ミアの手をひく側近の手は暖かい。さきほど父に抱きしめられたときと同じ温度がミアの手を包んだ


振り返ることなく人々の戦火に飲まれ粉塵の中に消えていく父の背中をミアは息をのんで見つめた

デュランの魔法が上がる

雷鳴が一瞬青白く光ったかと思うとすぐに大きな爆発音が響いた


王宮には大きな穴が開き、デュランの姿はそこになく爆発で破れた大穴の向こうで宙に浮いていた

星空の見えない厚い雲に覆われた暗い夜の闇の中でデュランの姿だけがぽつんと光りを放って浮遊している

デュランは幾重にもなった大きな魔法陣を描き出して人間たちを吹き飛ばし

人はもちろん大砲や戦車もすべて玩具のように簡単に吹いて転がり紙のように散っていく


デュランの開けた穴から身を乗り出して向かおうとするミアを側近は強い力で引き止めて

「行きましょう。ミア様。あなたがデュラン様の傍に向かわれては、デュラン様が夜空にひとり立たれた意味が無くなってしまいます。」


それは僕を守るためにデュランがおとりになったと

側近の言葉はそう示していた



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