9th spell 魔法使い最後の生き残り
後ろ髪をひかれつつも側近と共にミアは手をひかれるまま奥へと向かった
何もない空間に側近が手を伸ばすと空間が水面のように揺れて身体がそれに沿って消えていく
ミアもそれに続いた
空間の中に続いていたのは薄暗い隠し通路である
人がひとり通れるほどの狭く薄暗い通路がしばらく続き、硬い地面を凍えた心のままに進んだ
側近が魔法の光でほんの少し先を照らす以外は先も、そして今来た道も闇に包まれて見通せない
さっきまでの喧騒はどこへいったのか。しんと静まり返った通路には黙って歩くふたりの足音だけが小さく響いて心はさらに締め付けられていく
残してきたみんなはどうなるのか。ミアは何度も振り返り足をとめようとしたが、側近の力強い腕がそれを阻止して絡む足を前へ前へと進めさせられた
半歩前を歩く側近は一切振り向かず、けれど隠しきれない後悔の念で唇はしっかりと結ばれていた
張り詰めた空気の中で側近が照らす魔法の光はときたま点滅し安定しない
彼もまた揺れているのだ
前線に立って共に戦い皆を救いたい
けれど、戦闘の女神は魔法使いへ微笑みかけてはない
今にも泣きだしそうで、心が張り裂けそうで、それでもミアを救いたい
痛いほど絡められた腕はそう言ってミアを引いていく
しばらくすると重厚な鉄の扉が現れた
深緑色のいかにも重そうな扉に側近が手をかざすと扉のロックが解除される音が通路に響いて扉がひとりでに開いた。
奥に除く部屋の中は書庫のようだった。
古いもの新しいものが混在した本棚が壁いっぱいにひろがり、窓や他の扉は無い
中央で魔法陣を敷き、淡い緑色の光を放つその上に何人かの魔法使いたち座って祈るような姿勢で下を向き集まっていた
ミアと側近の来訪に沈んでいた部屋が一気に湧いた
「ミア様。ご無事で。」
張り詰めた緊張感の中に少しばかり安堵した笑顔が見えた
しかし、それもそう長くは続かなかった
すぐそばで爆発音が響き、空間が揺れた
「もう見つかったか。」
誰からともなく苦悶の声があがる
彼らは顔を見合わせてこくんとうなずくとミアの腕を掴んで部屋の奥へ一気に強い力で押した。
ミアは小さな体を本棚にぶつけ、その衝撃で床に倒れた
「なにして・・・」
顔をあげたとき、部屋の中にいたのはミアがひとり
さっきまで彼らがいた魔法陣からは強い白い光が上がって前が見えない
思わず目を細め腕で顔を覆った
さっきまでいたみんなは、と部屋の中央から上がる光りの奥へ目を凝らせば一斉にミアひとりを残して出て行くではないか
扉がゆっくり閉められていくのを視界の傍で感じ、ドアにかじりついた
「おい、どうしたのだ。」
ミアはドアに身を寄せて外に精一杯の大声で呼びかける
ドアノブを回しても魔力をかけても向こう側から力が込められているのかびくともしない
力いっぱいどんどんとこぶしを扉に打ち付けてようやく向こう側から返答がきた
「ミア様は最後の望みでございます。魔法の才にあふれ、<神童>と呼ぶにふさわしいお方です。どうか、わたしたちの分まで生き永らえてくださいまし。」
「なんだ、それは。どういう意味だ。」
ミアはさっきよりも力を込めてドアを叩いた
「何を考えている。僕は、みんなと一緒に生きていきたい。」
魔法使いたちの詠唱が聞こえる
ドアを隔てて魔法陣が組まれていくのが分かった
緑色に発光する床と光の粉がふわりふわりと浮き上がり、魔法の完成を示す
同時に大きな爆発音が響いた
魔法のものではない人為的な鉄の玉が跳ねる音だ
「ミア様をお守りしろ!」
側近の声が響く
「おぉっ!」
魔法使いたちの咆哮が聞こえた
ミアはドアを叩き、かきむしり、泣き叫んで、懇願したが扉が開くことは無く
誰のものかもわからない悲痛の叫びと銃口音
そして鉄の刃が身体を貫いていく短い衝撃音だけが虚しく響いた
誰かの犠牲の上で守られて生きたくはなかったのだ
願わくばみんなと一緒にいきたかった
僕一人を残していってしまわないで欲しかった
最後の希望だなんて、そんな重圧、僕の小さな背中で受け止めきれるはずがない
だったら<神童>なんていらない
僕は一人で残りたくなんかない
ねぇ、一緒に連れていってよ
ひとりにしないで
みんなと一緒に笑ってたいよ
僕はなんのために頑張ったらいいの
褒めてくれる人も、認めてくれる人もいないなんてそんなの嫌だよ
僕はね、みんなが期待してくれたからそれに応えたかっただけなんだよ
どうして、僕だけが生き残って、
ようやく魔法の効力が解けて、扉が開いたときには人間の制圧は終わっていて
眼下に広がるのは消炎が上がるがれきだけであった
かつての王宮は火にくべられて燃え落ちた
黒いすすをかぶった、何かももうすでによくわからない大きな物体が傍に転がってまだ熱を持っている
ミアはゆうらりとその場を歩いた
充てもなく何を探して良いのかもわからない
ぼうっとする頭で、ただのがれきと化したかつての王宮をひたひたと歩いた
大小さまざまながれきばかりが転がる
生き物の影は何も見当たらず、タンパク質の焼けた鼻をつくにおいが漂う
ミアはがれきの中に光るものを見つけて拾い上げた
雷模様の刻まれたベルトの金具
父上が愛用し、先ほどまで腰に巻かれていたものである
「父上っ‼」
素手でがれきを掘り起こしたが出てくるものは石とすすばかり
ミアは魔力を使ってそのあたりにあったすべてのがれきを宙に浮かせ、目を凝らしたががれきの下にはなにもなくすっかり黒くなった大地だけがだだっ広く広がっている
うわぁぁぁぁああああ
ミアは声をあげて泣いた
大粒の涙が次から次へと流れ落ち衣服を濡らすのも構わずに、顔を腕の中に埋めて泣きじゃくった
声はまっすぐ見下ろす青空の元へと消えていくだけで誰も慰める者はなく、涙を拭いてくれる人もハンカチを貸してくれる人もない
たった一人で生き残ってしまった
みんなの期待を背負って生き残ってしまった
僕に向けてくれた希望を宿した瞳が忘れられない
どうして、置いていってしまったの
ミアは失意と虚無感と無念に呪われたまま
ひとりで泣くより仕方なかった
だから人間は嫌いなんだ
僕は、みんなを奪っていった人間を憎み、恨んで、
それを糧にして生きてきた
いつかみんなを生き返らせる
そしてみんなで笑って暮らせる魔法使いの国を再建する
僕はみんなに託されたのだ。背負いきれないほどの重圧と使命感
ひとりで立って何度も何度も失敗してもまだあきらめていない
でも、怜と出会って
少しだけ支えてもらうのに慣れてしまったら
僕はもうひとりで立てなくなってしまったかもしれない
暖かくて、優しい、怜に惹かれて
僕は人間が嫌い
だけど、
本当はすぐに気が付いてしまったんだよ。怜が何者かなんて
それなのに、離れられずに、僕から誘っているなんて可笑しすぎるよ
胸のぬくもりはなんだろうか
気が付いたら怜のことを考えている僕はどうかしている
僕が抱いている想いは、間違っているのだろうか
「ミア?どうした?」
心配そうにミアを見つめる怜の顔があった
「気悪くしたならごめん。謝るよ。無理にとは言わない。でも、いつか、そうね、一緒にお出かけとかできたら、俺は嬉しいなって。」
怜は照れ隠ししてはにかみ笑いを浮かべていた
それを見てミアもまた少し心が温まって、そして傷がじくじくと痛む
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