10th spell ラボラトリーでの報告

白を基盤とした清潔感のある床や壁が部屋を一層、冷たく仕上げている

コンクリートで囲まれた部屋には陽の光は刺さず無機質な蛍光灯の白い光りだけがいやに明るく部屋を一定に明るく照らす

部屋の壁には何台かのモニターが置かれ、画面の中には同じ作務衣に身を包んだ人が一部屋に一人づつ、白いベットや椅子などに座り生活を送る様子が映し出されている


そのモニターを観察しているのは研究者らしい裾の長い白衣に身を包んだ40代くらいの細身の男性だ

もう何日も手入れをしていないのであろう、無精ひげを蓄えたまま空になったペットボトルが彼の椅子の周りを転がっている

彼は一心にモニターと手元の端末を見比べカタカタとキーボードで端末にデータであろう情報を打ち込んでいる


そこへ、扉をノックする軽い音がトントンと響いた


「なんだ。」

男は端末から顔をあげることもなく短い返事をする

「実験体ナンバー10から30のデータが出ましたので、お持ちしました。」

業務的な声かけをした男性の声に反応し、モニターの前の男はそこでようやく手を止めて

「入れ。」

と言った


小さく「失礼します。」と声をかけながら

20代くらいの若い男が、揃いの裾の長い白衣を伴ってモニターが並ぶ部屋にそっと入室する

若い男の手にあった薄い端末を操作しながら、先ほど言っていたデータらしい数値やグラフの並ぶ画面を男に見せる


若い男は画面を切り替えながら続けた

「実験体ナンバー023のデータがこのところ不安定ですね。内蔵機能の衰えが見え始めています。薬の経口と点滴でなんとか水準を保ってはいますが、おそらく今後衰弱する一方かと。」

若い男の報告を聞いた男は顎に手を当てて少しの間、思慮する素振りを見せたが

「水準をクリアできないのであれば早く部品にしてしまえ。正確な実験結果が割り出せない。」

と言った


若い男は

「わかりました。」

と返答し

「もう一つ、懸念点が、」

と続けた


「なんだ?」

「実験体とは関係ないのですが、把握不可能な空間が突然現れまして。」

若い男は画面を切り替えて今度は街の航空映像を映し出す

色とりどりの屋根や道、交通標識といった詳細なものまではっきりと映し出された繊細な地図に小さな黒い点が浮かんでいる

「把握不可能?」

男は航空映像をいぶかし気にのぞき込みながら何も映りこんでいないただの黒い点を鋭い目つきでにらむ


航空映像に映し出されているのは現在の街の動画である

窓の一斉無いラボラトリーでは時刻の感覚がおぼろげになりがちだが、夕刻を写した街の様子はほんのりと橙色に染まり足早に家路につく主婦の様子や友達と語らいながら下校する学生の姿が見られる

しかし、若い男が指し示す把握不可能な地点には何も映りこまない

漆黒の丸い点だけが浮かびまるで黒い鉛筆でそこだけを意固地に塗りつぶしたかのようである


黒い点の周りの風景は何の変哲もないただの住宅街だ

周りを往来する大型犬にリードを引かれた気の毒な飼い主もそこを訝しむこともなくただ犬に引っ張られて走って通り過ぎていく

「ここにはなにかあるのか。」

「わかりません。なんの情報もありませんし、実際立ち寄ってみましたがただの住宅街としか言いようがなく、とくに変わったところはありませんでした。ただ、バグではないとすると・・・異空間、かと。」

若い男は少し言いにくそうに『異空間』と絞り出した

「異空間だと?馬鹿馬鹿しい。そんなものは仮想の代物だ。科学で証明できない現象などこの世に存在しはしない。」

男は皮肉めいた笑いを浮かべながら、言い捨てた


「まぁ、映らないというのは興味がある。少し調べておけ。」

若い男は何度か会釈をして、その部屋を後にした


男はまたモニターへ視線を戻して

「異空間か・・・」

と漏らし、馬鹿にするように鼻で笑った



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