11th spell 魅惑のピンク色

怜の部屋に軽快な電子音が鳴り響いた

続いて「洗濯が終わりました」とAIサラさんの声が響く


怜はそれを合図にのっそりと立ち上がって洗濯機へ向かった


ミアは

「さらさーん。洗濯終わったって、干しといて。」

とAIのサラさんに声をかけてみるが、サラさんは電子機器とリンクしてあるわけで人力で行う干す作業とたたむ作業としまう作業は自分でやるより仕方ないのだが、ミアはいかんせんその線引きを理解できていないらしい


現代は洗濯物を入れて「洗濯しといて」と言えば済むだけの簡単な仕事に変わったはずなのに、干すのもやってくれるようにならねぇかなと怜は小さなため息をつきながら洗濯機のふたを開ける


色とりどりの衣服が絡み合った洗濯機の中に腕を突っ込んで洗われた服たちをむんずと掴んだ


「あれ、それは、魔術を使わないのか。」

ミアは懸命に洗濯機から衣服を取り出す俺にそう言った

「あぁ、まぁ、うん。俺の魔術はできることとできないことがあるんだよ。」

どう見ても苦しい言い訳だが、いつまでもつことやら

「ふうん。」


ミアが指揮をするように両手をふわりふわりと動かした

俺が掴んでいたはずの衣服たちはひとりでに舞い上がりひらひらと部屋を踊る

おそらくミアの服だろう、かつて見たことのない衣服たちが俺の頭上を回っていた

2、3回、宙を回っただろうか、洋服たちは地上へ降りて来て綺麗にたたまれ俺の目の前に整列した

さきほどまで濡れていたはずの衣服たちはしっかり乾きしわもしっかりと伸びてひとりでに畳まれフローリングに着地

黒のブラウスとレース模様の黒スカート、そして、ビビットピンクカラーの小さなランジェリー

ぴたっと揃ってたたまれた衣服たちの上にそれは神々しく君臨している


怜は息をのんでそれを見つめた

いや、目を離せなかった

厚手の黒いマントですっぽりと覆われた彼女の身体に触れるそこにこんなに可愛いものがいるのかと、ごくり、つばを飲み込んで、無意識のうちに惹かれるようにゆっくり腕がそれに伸びる


「はうあっ‼」

ミアが聞いたこともない叫び声をあげて俺の目の前から衣服たちを一瞬にして消した

なにもなかったようにただの茶色のフローリングだけが怜の前に広がっていた

「み、見たか?」

ミアが顔を引きつらせピクピクと頬を痙攣させながら、俺に尋ねる

「いや、なにも。」

見た。しっかり見た。こともあろうに触れようともした。大量の水放射でもぶちまかされるかと身構えたがミアは俺の大嘘に納得してくれているようだ

「そ、そうか。ならば、良い。良いのだ。うん。」

ミアは不自然にコクコク多めにうなずいて、少し赤らんだ顔をふいっと背けた


気まずい沈黙を打ち切るためにも何か、何かと俺は必死に話題を考えて

「あのさっ」

と切り出した

「なんだ?」

「あのー、えっと、あー、うん・・・明日、明日さ、ちょっと、帰るの遅くなってもいいかな。」

「なんでそんなこと僕に聞くんだ。怜の時間だろ。好きに使うといい。」

ミアはそっけなく答えたが、表情は少し曇っている。そしてくぐもった声で続けた

「デートでもしてくるつもりか?」


怜は慌てて両手を大きく左右に振って否定する

「ち、違う違う。ちょっと、その、病院に行ってくるだけ。」

「病院?怜、どこか悪いのか?」

ミアの双眸が見開かれ藍色に揺れる

「違う、違う。お見舞いに行くだけ。まぁ、行ったところでどうにもならないんだけどね。」

怜は哀しみをごまかすように笑ってそう答えた

「お見舞い?」

「うん、両親の。」


一人暮らしにしては大きいマンションの一室

調度品はすべて3人分揃っている

歯ブラシも、お茶碗も、ベットも、椅子も、

事故から半年が経った今も何一つ片付けられずに、そのままにしてある

いつ、帰ってきてもいいように。

いつでも、帰ってきていいように。と


怜はポケットからスマホを取り出して映像を映しミアに見せた

「これがね、今の病室の様子。」

白く衛生的な病室に白いベットがふたつ。その上で何本かのコードにつながれて身動き一つ取らない。青白い顔の男女


24時間設置されている監視カメラ映像が限定的な部屋のアクセス権があるところだけいつでも見られるようになっている仕組みだ

これがあれば様子はいつでもどこでも確認できるので病院に足を運ばなくとも容体の確認はできるのだがやはり実際傍で触れて顔を見に行ってやりたいと定期的にお見舞いに行っている


映像を一方的に確認するだけでなく、コンタクトを取って話したり動画上でつながることもできるのだが、

「ずっと眠ってて、起きないんだけどね。」

怜は呼吸に合わせて上下する純白の掛け布団を見て安堵した


ミアはスマホをのぞき込んで、なんと言葉をかけて良いのかと悩んでいるようだ

ただ黙って画面の向こうで眠り続ける俺の両親を見つめていた


「と、いうことなので、明日ちょっと顔見て、変わりなさそうだったらすぐ帰ってくるよ。」

怜はスマホのボタンをぽちっと押して病室の映像を切った


ミアは怜にそれ以上の詳細を聞くのをためらって

「わかった。ゆっくり行ってくるといい。」

と一辺倒な返事をしたがすぐに不安げな顔で

「怜。僕にできることはなにか・・・。」

と続ける


俺のこと、心配してくれてるんだろうか。

怜はスマホをポケットにしまってにっこりと笑った

「じゃあ、明日もおいしいお弁当作って。今日もすげえうまかったし。いなり寿司と、あと、油揚げに包まれたおかず。」

怜は通学用のバックパックからお弁当の巾着袋を取り出して流しに向かったがミアが

「洗っとくから、いいよ。」

と空の弁当箱を受け取ってぱちんと指を鳴らす


宙に浮いた弁当箱の周りを大きな水泡が包んむ

そして、水泡の中にある弁当箱がくるりと一回転してやがてミアの手に降りてきた

ー洗浄完了である


「あ、しまった!今日こそ、今日こそは、食器洗い洗浄機を使ってみたいと思っていたのに!あぁぁ、やってしまった。また、自分で洗ってしまった。」

ミアはがっくりと膝をついてうなだれる


いや、絶対魔法のほうが便利ですけど‼


ミアはすっかり新品のようにきれいになった弁当箱を恨めし気に見つめ、弁当箱は蛍光灯の光に反射したまばゆい輝きで返答をした




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