7th spell 人間嫌い
ミアはダイニングのソファに腰かけて、タブレット端末で「明日の弁当は何作ろうかなぁ」と材料探しに料理系動画を見漁っていた
陽はすでに大きく傾いて、カーテンから漏れる光は赤く染まっている
そろそろ怜が学校から帰ってくる時間かな
今日のいなりずし弁当は喜んでくれただろうか
連絡用に渡されているスマホに怜からの新着メッセージは無いが、今日は魔法を解いてくれという苦情の電話が来なかったのでたぶん満足してくれたんだろう
本当は魔力が回復次第すぐに帰るつもりだった
かつてみんなと住んでいた、今は僕だけの孤城へ
だけど、ひとりで食べるご飯より、怜と食べるご飯のほうがおいしくて、そして楽しくて、僕はずるずるとこの世界に居続けている
施錠の開く音がして、「ただいまー」と平和そうな怜の声がリビングに響く
「あ、おかえり。」
2月の寒空の中歩いて帰ってきた彼の鼻は赤く染まっていて、身体に纏ったままの冷気が温かかった部屋の中を一気に冷やした
「今日のあれ、何?なんの魔法?もう腹いっぱいすぎて、出そうなんだけど。」
今日のいなりずし弁当には空間圧縮魔法を施して、いなりずし一個につき本当は50グラムぐらいしか米や具が入らないところを300g、約一合分、コンビニのおにぎりなら3つ分の米を詰め込んでみた
「満足してくれたか?ほかほかの酢飯はうまいだろ?」
ついでに熱魔法。ふたを開けた瞬間に発動する仕掛けで、常に炊き立て状態のほかほかご飯が食べられる
「いや、美味しいけど、多いよ。」
「まぁ、単純に3合分の米を食べてるんだからな。」
「さんごう⁉まじかよ、プチ大食いじゃん。晩御飯パスで。」
怜は片手で妊婦さんのように腹をさすり、もう片方の手をひらひらと振って拒否を示す
「えぇっ・・・でももう、仕込んでしまったぞ。半熟煮卵。」
冷蔵庫のジップロックには砂糖と醤油と、ほんの少し酢を混ぜた黒い混合液にピカピカの白いゆで卵が浸かり、今頃はたぶん茶色く染まっている頃合いだ
半熟にした黄身までしっかりと味が沁みこむまではもう少し時間を要するだろうが、味と食べたいを天秤にかけると食べたいがいつも勝ってしっかりと沁みこむまで待てたためしはない
瞬時に味をしみこませる魔法も今度研究しておくべきだな。
「半熟煮卵?それはうまそうだな。それで何作るつもり?」
「らーめん。」
「あー。いいねぇ。」
げんなりしていた怜の表情は一気に緩まり、口角がきゅっとあがる
「だろ?そうだろ?一緒に食べるよな?晩御飯。怜も僕と一緒に食べるよな?」
「うーん。ちょっと考えさせて。」
彼は半熟煮卵のせラーメンという魅惑のワードにも飛びつけないほど腹が膨れているようである
ミアは唇を尖らせ、ふてくされた様子の彼女へ怜は切り出した
「じゃあ、腹ごなしに散歩でも行かない?コンビニで好きなお菓子買ってあげるよ。」
ミアは怜の誘いに、迷うことなく
「行かない。」
と冷淡に答えた
「言っただろう。僕は人間が嫌いなんだ。」
僕は人間すべてが憎い
僕の家族をだまして、命を奪って、火炎の中に葬った、人間すべてを殺しつくしてやりたいほど憎んでいて
そして、怯えている
怖いんだ。人間が
僕が魔女だってばれたら、僕がまだ生きてるってばれたら、また寄ってたかって利用して、用が済んだら殺しにくるんんじゃないかって
怖くて震えて、とても外に出る勇気なんてない
それは、今から少し前のこと
人間と魔法使いが生活を共にし、笑って暮らしていた時のこと
ミアの優れた魔法使いの両親のもとに生まれた
多くの魔法使いたちに慕われ、力を誰かの幸せのために惜しみなく使役していた
ミアは生まれ持った才能を存分に発揮し、そして、両親から愛のある教えをたっぷりと受けて育った
<神童>と呼ばれる所以はそこからだ
まだ年端も行かぬうちから高等魔法を使いこなし、たくさんの本を読んで、人一倍努力して才能を自らの力へと変えた
あの日
父上である城主デュランは人間と魔法使いで結ばれる条約会議に参加し、計画は順調に進むはずだった。
けれど、
へらへらと笑って手のひらを返すのだな
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