魔女の過去は哀色
6th spell おなかいっぱい【いなり寿司弁当】
キッチンに砂糖と醤油の混ざった甘じょっぱいにおいが充満している
小鍋の中に投入され味がしみこまされて黄金色に輝いているのは薄揚げである
ミアはそれを一枚、口の中へほうり込もうと菜箸でつんつんとつついた
と、その時
♪ピロピロピローン
軽快な電子音と共に機械的な「ご飯が炊けました」というメッセージが添えられる
つまみ食いをするな。と、こやつ、僕を見ていたな!
ミアは監視人の目をかいぐぐって揚げをつまむのを諦め
炊き立てつやつやのご飯に酢飯のもとを勢いよく回しかけて、しゃもじでしっかりと混ぜた
程よくニンジンやシイタケといった色とりどりの具材が混ざった酢飯の完成だ
次に三角に切った揚げの中に、その酢飯を詰めていく
沢山食べて欲しいからとご飯を無理やり詰め込むと揚げは圧力に耐えかねて側面が破れせっかく突っ込んだ酢飯が「こんにちは」と顔を出した
ありゃ・・・物事にはそれ相応の量というものがあるのか
しかし小さな油揚げの中。ご飯はそう詰まるものではない。
うーん。どうしようか
ミアは油揚げを眺めながら少し押し黙る
あ、そうだ。
右手をぱちんと鳴らして魔法をかけた
これでいいや、たくさん入る
ミアはにやりと笑ってご飯をどこどこ詰めていく
キッチンに並んでいるのは油揚げと酢飯だけではない
卵焼き、から揚げ、彩りのミニトマト、忘れちゃいけない自然解凍で美味しいミニグラタン・・・あ、いや、今日は和でいこう。
自然解凍で美味しい和惣菜。ほうれん草のおひたし
よし、これで十分だ
今日も
ミアはふたを開けたときにかかる熱魔法を弁当箱にかけてからそれを巾着袋に仕舞った
弁当の完成から少し遅れて怜が寝ぼけた顔で起きてきた
「おふぁよぉ。」
「んんっ、おふ・・。」
寝ぼけまなこでふああとあくびをかましながら朝の挨拶をくれた怜にミアは返事をしようと思ったが
口いっぱいにほうばった、さきほどの「こんにちはいなり寿司」がじゃまをして思わずのどに詰まりかかる
「あ、今日の弁当いなり?」
「ん。」
ミアは口を一生懸命動かしながら首を縦に振った
「へぇぇ、うまそ。楽しみにしとこ。」
怜がにこにこするのを見て、ミアも幸せな気分になった
【いなり寿司弁当】
甘じょっぱく味付けされた薄揚げの中に酢飯を詰めた「おいなりさん」とも呼ばれるいなり寿司
三角の薄茶色がキツネの耳の形に似ていることからいなりと呼ばれるようになったとか*所説あり
個人的には酢飯だけのものより具の入った酢飯が詰まってるほうが嬉しいな
*****
待ちに待ったお昼休みだ
朝、ミアがおいしそうないなり寿司を口いっぱいにもぐもぐさせているのを見てもうすでに食べたい気持ちでいっぱいだった
何を?
いなりだよ!
食いしん坊が溢れてハムスターみたいになっちゃってもう可愛いのなんのって
食べちゃいたいくらい
何を?
いなりだよ!
それくらいの節度は持ってるよ。どうしようもないくらい可愛い女の子とひとつ屋根の下。鼻の下は絶対に伸びまくってるけど、ちゃんと、我慢するよ
何を?
だから、いなりだよ!
くそっ、ああもう。調子崩れるわ。
怜はひとりで悶々としながら弁当箱のふたを開けた
二段になった弁当箱からはほんわりと暖かい湯気がこぼれる
保温機能もなにもないただのプラスチックの黒い楕円形の弁当箱だが、適温に温められていて出来立てを思わせる
はじめはいきなり現れた保温機能に驚いたものだが、この魔法てんこもり弁当も約3カ月も続けばさすがにもう慣れてきた
両手を合わせて
「いただきます。」
さて、一段目。大本命お稲荷様の登場である
大ぶりのおいなりさんが3つ。でん、でん、でんとまるまると太った体を構えてさあ食えと言わんばかりに油揚げは蛍光灯に照らされててかてかと光っている
あぁ、うまそうだ。
大きな口でがぶりとかぶりつく。
口いっぱいに広がる甘酸っぱい酢飯と甘じょっぱい油揚げの絡み合い
これを至福と言わずしてなんという
うまい。うまいぞぉ、うまい。
あれ?おかしいな。食べても食べても減らないぞ。
もう3口4口は食べているのにいなりの端が少し欠けた程度で減った気がしない
確かに大口でかぶりついたはずだ。このサイズ感なら3口もあればぺろりと胃袋に入っていくだろうに、これはまさか、何かの魔法か?
違和感を感じながらも怜は2段目を開けた
またしても現れた茶色の三角のビジュアルが3つ。
おや・・・・今日はいなり寿司だけかな
2段目のいなりにも箸を伸ばす
中から現れたのは酢飯ではなく、甘めの味付けで焼かれた黄金色の卵焼き、から揚げ、ミニトマトに、ほうれん草のおひたし
なっ・・・・なんじゃこりゃあ・・・
驚愕の中身である
いなり寿司だと思って食べたものだからあまりにも想像とかけ離れた触感と味わいに思わずむせかえった
「おい、怜、大丈夫かよ。」
胸を押さえながら慌ててお茶を飲む怜を友人の
「だいっ大丈夫。ちょっとびっくりしただけ。」
「また変な愛妻弁当?」
「え、あぁ、うん。まぁ。」
最近はコンビニか購買だった怜が急に弁当を持ってきだしたから
なんだ彼女でもできたのかと、すぐにばれてしまったのだ
「彼女外国人だったっけ?」
「そう、なんだよね。」
奇天烈な弁当になった言い訳として外国人だから発想が飛んでるんだよとだけ伝えておいたが、本当は外国人どころではない。
異世界人で魔法使いだ
怜は変な汗を流しながら必死でいなり寿司にかぶりついた
せっかく作っていただいたお弁当だ
何が来たって受けて立つ。よーし、来いっ
米粒一つ残さずすべて平らげてやるぞっ
うぅっぷ・・・
米がもう胃からあぶれて食道で順番待ちしてるみたいだ
なんの魔法だったのか。帰ったら聞いてみよう
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