5th spell 魔女の夢を叶える魔術は電子機器
ただの高校生、
魔女であるミアは電子機器の使い方を教えて欲しいと懇願した
怜は、魔法なんてただの妄想話だと馬鹿にして信じなかった
ゲームや小説、アニメ、漫画といった2次元の産物だと疑わなかった
しかし、彼女の生活には魔法が溢れていてもう到底魔法なんてこの世に存在しないとは言えない
鍋に水を入れろといえば水道もひねってないのに勝手に鍋の底から水は上がってくるし
肉を焼けと言えば触れてもないのに肉の表面に美しい焼き色がついて、皿の上で綺麗にさぁ食えと言わんばかりに湯気をあげる
お皿持ってきて、箸持ってきて、なにからなにまですべてそうだが、物が宙に浮かんでゆっくり飛んで手元に収まる始末
そしてミアはと言えばソファに座ったっきり指のひとつも動かさずむしろ視界に入ってすらないのに失敗しているところを見たことが無い
ミアは本日の晩餐に冷凍のスパゲッティを選び
すっかり慣れた手つきで家庭の電子機器につながれたAIサラさんを呼び出してあたためさせた
外袋を開けたたらこスパゲッティを電子レンジに放りこんで
「へい、さらさーん。たらこスパゲッティあっためて。」
「はい、かしこまりました。」
ふっふっふーん
と鼻歌交じりにたらこスパゲッティが温まるのを電子レンジの傍で小躍りしながら待っている
キラキラと閃く金に近い銀髪とバイオレットの瞳が特徴的だが
白く透明感のある肌に整った人形のような端麗な容姿も魅力的だ
自らを<神童>と称するあたりからしても、高校生である怜よりも少し幼いのかなと思われる
頭の先から足の先までをすっぽりと覆う厚手で漆黒の大きいマントを日ごろ愛用しているから体型はよく見えないが、150㎝ほどの小柄な体つきと、たぶんおそらくおおよそ可憐な幼児体型だろう
電子レンジの前で小さなおしりをふりふりさせながらたらこスパゲッティの完成をまつ彼女が可愛くて可愛くて、怜は自然と目じりが下がり口角は上がった
チーン
「はわわぁ。できたぁ。」
電子レンジを開けた途端湧き上がるたらこの香りに心を踊らされてミアは即座に中央に置いたスパゲッティに小さな手を伸ばす
紅葉のように可愛らしいサイズの手には長く鋭い爪が丁寧に手入れされて伸びており、全くはげることのない黒いマニュキュアが塗布されている
「あ、ミア。それまだ熱いよ!」
怜の忠告は一足遅かったらしい
「あちゃあちゃ、ちゃちゃ・・」
熱さに根負けして恨めしそうに電子レンジをにらみつけながら、ミアは手をふりふりさせている
「あぁ、もう。端っこの『ここをお持ちください』をよく見て出してっていつも言ってるでしょう。」
「だあって、お腹空いたんだもん。」
お腹が空いたことと自ら熱いところに手を差し伸べる暴挙。それは相対的な関係ではないと怜は思ったが、言わないでおく。
怜はぷくっと膨れるミアの代わりに電子レンジから熱々のたらこスパゲッティを取り出すとテーブルまで持ってきてミアの定位置に置いた
「はい、どうぞ。」
「ありがと。いただきます。」
只今絶賛練習中のお箸と苦戦苦闘しながら懸命に中身をよく混ぜて薄紅色に輝いたスパゲッティにミアは目を輝かせた
さあ、いざ大きな口でひとくち。口ぱっくり開けて今まさにスパゲッティにかぶりつこう
「あ・・・・。」
ミアは忘れ物に気が付いたらしい
「海苔ー。あと、チーズー!」
食卓に座ったままミアが忘れ物たちの名前を呼ぶと彼らは各々が宙に浮いてキッチンからダイニングテーブルへとやってきた
したり顔で海苔をふりかけ、その上からチーズをドバドバと山盛りに盛って盛った
もちろんチーズはお安めのシュレッドチーズだ。細切りにされたチーズたちは大きめのふりかけのようになってスパゲッティの上に舞い落ちるもさすがに余熱で溶けるはずもなく、溶けてないとろけるチーズなどチーズであってチーズでない
怜は彼女がそれをどうするのかと黙って見守っていると彼女は箸を持っていないほうの左手をさっとスパゲッティのケースの上でひとふり払った
するとどうだろうかさっきまで溶けていなかったはずのチーズはあっという間にとろけるチーズへと早変わりし、てっぺんにはこれまたうまそうな焦げ目までついている
薄紅色の小麦の麺はどこへ埋もれたのか、ただのチーズの海と化したそれにミアは箸を刺した
それができるんなら電子レンジいらねぇじゃん
もう何度目だろうかという心の叫びを飲み込んで、出来立てのたらこスパゲッティに舌鼓を打つ可愛らしい姿に癒されることにする
「どうだ、僕の新魔術もずいぶん上達しただろう。」
箸に遊ばれながら懸命にたらこスパゲティならぬチーズの海に舌鼓を打つミアは自慢げに言った
彼女の言う新魔術とは、ただの電子機器である
「まぁ、そうだね。」
ついでに言えばうちはオール電子化されており、全ての機器をAIサラさんにつないであるので彼女に問いかければほとんどすべての動作は問題なく完了してしまう
「ここにいて、美味しいご飯をもらって僕はずいぶんと魔力が回復したんだ。それで、改めて怜に問いたいのは、その、」
ミアの瞳が少しだけ陰った気がした
「死んだ者を生き返らせる魔術を知らないか。」
ぎゅっと箸を握りしめた様子からも彼女が冗談でそんなことを言っていないことくらいはわかる
けれど、怜にも、文明の開化にも、発展発達にも、それは間違いなく不可能な議題。
「いや、ごめん・・・。」
「そう、そうか。そう・・・だよな。うん、まぁ、怜ほどの高等魔術師でもさすがに難しいよな。」
ミアは努めて明るく乾いた笑いを含みながら言ったが、バイオレットカラーの瞳は悲哀を含んで揺れている
カットされた紫水晶が光によって煌めくようにミアの瞳も輝くものが滲んで光った
「うん。いいんだ。そのうち、見つけて取り戻すからさ。僕が絶対、魔法の世界をさ。」
ミアは自分に言い聞かせるように何度かうなずいて、途中だったたらこスパゲッティにかぶりついた
正直言うと怜はこの話題に触れることが怖かったのだ
彼女がこの世界に残っている理由はただひとつ
新しい魔術を覚えて、夢を叶え『魔法の世界』をとり戻すこと
電子レンジの使い方もある程度覚え、おおかた電子の文明を使いこなせるようになった今、俺がミアの夢を叶える魔術を知り得ないと知ったら、彼女は・・・
「ミアは、そろそろ帰っちゃうの?」
彼女の世界へ
魔法が日常的にあふれている彼女の元の生活に帰ってしまうのではないか
どういう経路にしろ、ミアと過ごす日常が楽しくて、壊れかけていた心が彼女で満たされた
俺はミアに救われていて
だから、どうか、ここにいて欲しい
俺が、ただの人間だとしても
「いや、まだこちらで魔術の研究を続けたいと思っているが。僕は、迷惑か?」
怜はミアの返答にほっと胸をなでおろす
「迷惑なんかじゃないよ。ずっといてくれたってかまわない。なんなら一生俺の味噌汁作って欲しい。」
感極まった勢いでプロポーズさながらの本音がついて出た
ミアははっと顔をあげて目を輝かせる
「そうか!そうなのか!では味噌汁を作ろう。毎日。あぁ、学校にもっていくと良い。味噌は身体にいいらしいぞ。」
らんらんと彼女の瞳は輝き身体はうきうきと揺れる
いや、そういう意味じゃないんだけどな。
ミアはぽんと手を打って切り出した
「ところで、僕は、怜に毎日お弁当を作っても良いだろうか。」
「え?弁当?」
「そうだ。日本の学生は昼に弁当を食う習慣があるのだろう?僕は料理が気に入ったから練習と魔術の研究も兼ねて、怜に弁当を作ってやりたいと思う。」
愛妻弁当が毎日食べられる、だと⁉
これは女神のほほえみ、ならぬ魔女のほほえみじゃないか。断る理由は皆無だ。
「それは、俺も願ったりかなったりだけど。手間になるよ、いいの?」
「うん。じゃあ明日からな。楽しみにしておけよ。」
このときはまだ怜は魔女の作るお弁当が、奇想天外な玉手箱になるとは全く予想だにせず、ミアの提案をふたつ返事で承諾してしまった。
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