3rd spell 新手の魔術師

また失敗してしまったとミアは思った


蘇生の術でみんなを起こすはずだったのに、目の前に横たわっているのは術を施す前と変わらない依り代の姿

母上の形見の羽の形をした髪留めと父上の形見の雷光を模したベルトの留め金がしんみりとまだ緑色の淡い光が残る大理石の床に置かれ震えることもなく静かに横たわっている


どちらも炎と太刀筋が深く刻まれ、愛用されていたころの面影はほとんどないに等しいほどの損害ぶりであるが

あの大火の中で残った数少ない形見の品である


大理石に描かれた魔法陣から伸びるエメラルド色の光彩がゆっくりと消えて、焦げ茶色で描かれた魔法陣も風塵のように儚く揺れて消え果ててゆく

中央で輝きを放っていた際立つ赤や青で染められた手のひらほどのサイズの結晶石も最後の灯火と思わせるカッと透明感のある光を放ってひとりでに内側からヒビが入ってパリンと割れた

ルビーやサファイヤ、エメラルドの欠片たちが大理石に散ったかと思うとかすみのようにうっすらと淡くなって消えていく


薄暗く冷たい部屋の真ん中で座り込みうなだれた少女は、黒いマントで頭からすっぽりと身体を覆い闇の中に溶ける、いや闇よりも深く墜ちる


「ごめん・・・」

短い謝罪の言葉と共に流れ落ちる大粒の涙。もう何度も重ねた失敗の数だけ流れた涙は性懲りもなく流れ続けた


なにが<神童>だ。

なにが<最後の希望>だ。

みんなの期待を背負ってひとり生き残ったのに、僕は結局なにも成せないまま涙の跡を増やしているだけだ

無念と自分への不甲斐なさでぎゅっと固く握りしめられたこぶしは、長い爪が手のひらに食い込み鮮血を垂らしている

手のひらの痛みなど感じないほど、痛む心がさらにえぐられていくようで

また希望を失ったようで、哀しい。そして、寂しい。


ミアは黒いマントを揺らしながら、ゆらりと立ち上がった

泣いていたところで誰も戻ってこないことぐらいもうわかり切っている

今回の蘇生術で消費した大量の魔力と魔晶の回復を急がなければ、次の挑戦に挑めない

ミアが部屋から出ようと振り返った。その時だった。


空間が切り取られたように本来なかったはずの大穴が部屋の壁に開いており

穴の向こうで刃渡りの短い刃を震える手で構え白い小さな盾を掲げている腰の引けた細身の男子がミアを見つめて立ちすくんでいる

鎧や鞘の類は持ち合わせておらず、おおよそただ出くわしたのだろう、狙った敵襲とは言いがたい風貌である

穴の向こう側に広がっているのは木目調で変哲のない、民家といったところか

ミアがのっそりと動いたのに合わせて顔はさらに引きつりアシンメトリーを刻む


大魔術の失敗による空間転移

ミアは瞬時にそれを察して、相対している異空間に目を凝らした

彼はミアをまっすぐと見据えて何かを言葉を発した

「ーーーーー。」

なんだ。異国の言葉だろうか。全くもって聞き取れない。


次に彼は軽く手を打ち鳴らすと瞬く間に彼の頭上から光が差し込みあたりを白くを明るくうつした

無詠唱の光魔術、か?

動作による魔術の発動?

彼の足元に魔法陣と思われる魔術形跡はなく、魔力を使用した気配すら微塵も漂ってこない

こやつ、何者?

もしかして、流派の違う新手の魔術師だろうか


ミアは自身に魔法をかけて彼の言葉を解した

「あの、大丈夫、ですか?ええっと。どうしよう。」

ひとまず迎撃するつもりはないと判断して胸をなでおろした


「僕の名前はミアだ。今回の魔術で失った魔力が回復でき次第ここから退散するから、ほんのしばらくの間世話になりたい。」

「ま・・・?」

僕は彼の使用する言語に焦点を合わせたはずだが、彼は意味を理解していないのか口をあんぐりと開けたまま、目を白黒させている

「つまり、ほんの少しの間ここへ置いてもらえないかという頼みだ。」

ミアは彼に状況を伝えている間にも視界はぼやけ揺れてくる

大魔術の反動による急激な体力の消耗


そして、腹の虫もぐぅぅと大きな音で応えている


彼は腹のなる音に気が付いて、緊張をほどくと小さく微笑んだ

「お腹、空いてるの?」

ミアはこくんとひとつうなずく

「今、晩御飯作ったとこだから食べる?口に合うかわからないけど。」

ミアはもうひとつうなずいた


顔を上げたとき目深にかぶっていたフードがずれた

金色に近い細く長い銀髪を揺らし、アメジストのようなバイオレットカラーの大きな瞳があらわになった

白く透けるような肌とお人形のように整った端正で凛とした顔立ち

彼はそれを見ると

「あ・・・」

と声を上げて目を見開いた


僕が魔女だってばれてしまったかな。

殺され・・・

ミアは尽きかけていた魔力をなんとか振り絞って反撃の準備に取り掛かったが、それは杞憂だったようだ


彼が発したのは

「外国の人?日本語上手だね。」

そういって敵意を微塵も感じさせない朗らかなほほえみを浮かべた


「今日の晩御飯、お好み焼きとカップ焼きそばなんだけどね。食べたことある?レンチンだけど、結構おいしいんだよ。」

彼はこちらへどうぞと、手のひらを上に向けてミアを誘った

友好的な横顔にミアはそひかれ大理石の床から、フローリングの世界へと足を踏み入れる

茶色に統一された木目調はそれだけで石畳よりもはるかにぬくもり優しさを感じる


彼の半歩後ろをてくてくとついてあるくと何やらおいしそうなにおいの漂う部屋へ案内された

茶色に統一された部屋の中央に設置された4人掛けのテーブルを指さして

「どうぞ、座って。」

ミアは彼に言われるがままに椅子を引いて座り部屋を見渡した


適度に整った部屋の中にはテーブルやソファ、そして見たことのない道具が棚や壁、床の上に配備されて静かに立っている

カーテンが閉まっていて外の様子を伺うことはできないが部屋の中を煌々と照らすやけに白い明かりが天井から降り注いていて全体がはっきりと見渡せるほど明るい

隙間風が吹き付けて肌を貫くこともなく、虫の湧く腐敗物が散らかっているわけでもない衛生的な部屋は高貴な者の象徴だろうか


彼は黒く四角い箱の扉を開けると中から袋に入った何かを取り出して、温まっていることを確認すると上からソースのようなものを小さな袋から絞って出す

「青のりとかカツオぶしとか全然なくて、ごめん。めっちゃ寂しい感じだけど、お好み焼き、どうぞ。」

ミアの目の前に置かれた茶色の円形の物体に黒いソースのかかったなにかはフルーティーで香ばしい香りと共に湯気をあげて、さあ食えと言わんばかりに黒光りして鎮座している

どこの誰ともわからない者に躊躇なく食べ物を差し出すとは、やはり、裕福であると思わざるをえない


茶色のテーブルにとんっと置かれたそれは、黒い箱から出しただけだというのに暖かい

目の前にある茶色の円形は湯気をあげるほどにしっかりと中まで温められている

いや、焼き窯からやけたばかりのこれを素手で取り出すという新手の魔術をいとも簡単にやってのけたのだ


それに感心し見入っていると傍にことりと白い四角のケースが置かれた

濃い茶色でちぢれた小麦の細い筋は水気に溢れ艶めきたっている

かすかに葉野菜の細かい破片が散らばって見えるがそれ以外は茶色の筋がひしめきあうばかりで何もない

出来立てを思わせる大量の湯気と香りに包まれながらミアはどうして良いものかわからず身を固くさせた


「箸・・・あぁ、いや、フォークのほうがいいかな?」

そっと握らされた銀色のフォークは鈍色に光り、怪訝な表情を浮かべるミアの表情を写している

傍に置かれたマグカップには黒い液体が注がれ、それはときどきぱちぱちと発泡音を響かせて甘い香りを放っていた

筒状の容器から簡単に注いだだけだというのに、それは生き物であるかの如く自発的に泡を吹き、皿にのせられた料理とは対照的にひんやりとした冷気を保っている


「冷蔵庫にコーラしかなかった。コーラ好き?」

こーら。なんだそれは。好きかどうかと言われても、見たことも触れたこともないのに評価もなにもあったもんじゃない

「さぁ、遠慮なく食べて。お腹空いてるんでしょ?冷食ならまだあるから、足りなかったら言ってね。」


適温にあたためられた茶色の円盤

瞬く間に現れた小麦の筋

マグカップの底から湧き上がる発泡した黒い液体

これは、これは・・・・・


「お前、、、新手の魔術師だな。僕は魔法使い最後の生き残りにして最高の魔女<神童>ミアだ。どうか僕の願い『魔法界の復活』を叶えるために、お前の魔術を教えて欲しい。」

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