2nd spell 爆発と共にやってきた何か
ミアとの出会いは突然かつ偶然の産物だった
高校の昼食時間の弁当箱でおこげを作って楽しんだ日より、ほんの2,3か月前の話
子供がサンタクロースを待ちわびて、いい子になろうとする。肌寒さが際立つ11月下旬のことだった
「もうちょっとでフルコンボなんだけどなぁ。」
自室から出てキッチンの扉を開きぱんっと一度手を鳴らすと自動照明がキッチンを照らす
茶色を基調とした物の少ない東雲家のキッチンはこざっぱりしていて無駄がない
怜も多少の料理はすれども、冷凍や簡便調理に頼りがちで大層な手料理を趣味として嗜む気概は無く、本日も手軽で失敗のない美味しい文明の進化に頼ることにする
我が家の家電に接続してあるAIサラさんへ
「ヘイ、サラ。冷凍庫何がある?」
「はい。たらこパスタカルボナーラがひと袋、ミートソースはふた袋、お好み焼きがひと袋、チャーハンが・・・」
在庫の読み上げが続く中、怜の心は決まった
電気ケトルに水道水を流し入れて所定の位置にセットし、乾麺のストック棚からカップ焼きそばを取り出した
続いて冷凍庫を開けてお好み焼きの封を開ける
霜がうっすらと生地の周りを包み込んで、薄緑色の生地を淡くさせている
白の円形状の皿にそれをコツンとのせて、電子レンジの中に放り込んだ
「ヘイ、サラ。お湯沸かして、お好み焼きあっためて。」
「はい。かしこまりました。」
今日は関西勢コンボだ。お好み焼きと言ったらやっぱり隣に来るのは焼きそばだろう
今日の失敗の無い美味しい晩御飯が出来上がるまでにかかる時間、約6分
怜は手持無沙汰になった6分間を特に興味もないネットニュースを見ながら待つことにする
ケトルの底から小さな水泡がぽこぽこと沸き立ち、電子レンジは1度単調な電子音を響かせた後、うなりだす
誰もいないリビングとキッチンに白熱灯の明かりだけが煌々と光り部屋を照らしていた
よどみのない日常。空虚になった腹を満たし、もう一度ゲームの世界に没頭するつもりで晩飯の完成を待つ
と、その時だ
どーん。と爆発したような音が鳴り響き、キッチンの中まで振動が伝わってくる
音がしたのは先ほど晩御飯に使用した電子機器ではなくキッチンの外、廊下側のほうから
まるで落雷がそこに落ち、台風と竜巻が一緒になってやってきたかと言わんほどの衝撃音と振動に
ブレーキとアクセルを間違えて車が家に突っ込んできたのではないかとすら思った
窓や部屋の備品類に何も被害が無かったことが不幸中の幸いだ
衝撃音は大きなその一度だけで続いて音や振動がさく裂する様子はない
今だ微震を続けているキッチンで怜は肩をすくめてじっと身を固くするのが精一杯だった
「ヘイ、サラ。今の何?」
「すみません。わかりません。」
怯える怜とは対照的に常に一辺倒な声色で返事を返すAIサラさん
「だよね。見に行って大丈夫かな。」
「すみません。わかりません。」
彼女は単調にそう繰り返すばかりで情報の伸長はない
家庭用電子機器につながったAIに突如降りかかった災難の情報開示能力があるはずもなく、単身、目視にて状況を把握するべく忍び足で音のしたほうへ向かった
怜は一応の防御対策として家庭用の包丁とまな板という最弱の装備品を装着し戦場へ繰り出す
キッチンのドアを開ければ、暗いだけのはずの廊下の壁に人が余裕で通れそうなほどの大きな穴が開きそこから淡い光が漏れている
破れかぶれになった廊下の木目は爆発と共に霧散し、不均等で歪な穴だけが存在する
ここの廊下の向こうは野外につながっているはず。だった。
しかし、恐る恐る覗いた穴の向こうには大理石のような深い青色の石畳が広がり、さらにその向こうには地面から文字や魔法陣のような丸や星といった模様が緑色に発光し浮き上がる
怜は冷や汗ですっかり体温を無くした手に包丁を構えなおし、生唾を飲んだ
到底信じられない現象が目の前で起こっている
忘れかけていた息をすうっとゆっくり大きく吸って、怜は大穴の中を覗いた
淡い緑色に発光を続けている魔法陣の真ん中でその光に照らされた何かがぼんやりと確認できた
黒いマントに身を包んだ小さな丸みがもぞもぞと動き、やがて、ゆっくりと、こちらを振り向く
その体にはいかんせん大きすぎるマントを引きずるような形でのっそりと立ち上がったそれはフードを目深にかぶっていて顔は見えない
けれど動きとともに揺れたフードの端からのぞいた輪郭は白くシャープな人間の顎
そして、透明な雫が黒いマントにぽとりと転がる
ゆらりと肩を落として立ち上がったそれが、ついに、顔を上げた
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