孤高のグルメ
紅雪
魔女は落雷のように現れて弁当をつくる
1st spell 魔女の作った至って真面目な【ロコモコ弁当】
これは魔法使い最後の生き残りにして<神童>ミアが手掛ける
至って真面目な普通のお弁当作りである
真冬の夜は長い
空がやっと白んできたかという朝の早い時間に彼女は甘く香しい香りと、ふつふつと湧き上がる水の音で目を覚ます
予約時間は朝の6時
まだ外の空気はツンと澄んでいて、皆がじっと柔らかい陽の光を待ち焦がれて寒さに耐え忍んでいるというのに
頑丈に施錠された家の中は2月でも暖かく自動管理された空調からぬるい風が一定に吹いている
デジタル時計の秒針が5時59分59秒から6時00分00秒に変わった途端
軽快な音楽がキッチンに響いた
♪ピロロッピー
彼女はそれを皮切りにして布団を蹴飛ばし
今日の準備を始めようと手を叩く
音に反応した照明がキッチンを煌々と照らしたのに彼女は少し顔をしかめたが
即座に炊飯器の前に立って蓋を開けた
黒い外側のぼたんをぽんと人差し指で押してぱっくりと開いた蓋のうちから湧き上がる
ほんわり甘い香りと熱々の蒸気と共に湧き上がるうまみの結晶
白い米の粒は胸を張って立ち上がり、出来立ての威厳と共に内釜の中で沸き立っている
金色にほぼ近い銀髪にバイオレットカラーの瞳、透けるような白い肌の異国風の少女ーミアは白いプラスチックのしゃもじを手に取って米をひとまぜし今日の出来栄えを確かめる
「おほほ、うまい。やはり炊き立ては格別・・・」
今日はどのふりかけにしようかなぁっと
あ、そうだ。弁当作りが先だった
冷凍庫から冷凍のハンバーグをひとつ取り出してレンジに入れる
「へい、さら。ハンバーグあたためて。」
電子レンジともつながっているAIのサラさんに声をかけてパッケージにあるQRコードを読み取らせるだけで勝手にちょうどよく温めてくれるのだから驚きだ
お次は目玉焼き
こいつはフライパンをIHコンロにセット
たまごをふたつ、いや、みっつ華麗に割入れて
「目玉焼き焼いて」
と声をかけるだけ
ピッという短い電子音の後、フライパンに熱が入ってたまごの端からやがて白身が顔を出す
あとは、黒いプラスチックのどんぶり状の弁当箱を戸棚から取り出して、ご飯をドバっと底に敷き詰めシャキシャキのレタスと彩りのプチトマトを添える
ちょうどタイミングよくハンバーグも出来上がったから
ご飯の上に鎮座させ、上からこれでもかってくらい茶色のどろりとしてとんかつソースと赤いケチャップをぶっしゃーと駆け流したら最後に可愛く帽子のように目玉焼きをちょんっとのせて完成だ
【ロコモコ丼弁当】
ハワイ発祥のハンバーグと目玉焼きが特徴のワンプレート洒落飯
ソースは手軽にソースとケチャップが王道かつ手軽でいいね
これは・・・箸で食べるんだろうな。うん、ベースはご飯だもんな。
ミアは先ほど完成した弁当箱に蓋をして、右手でとんとんっと軽く叩いた
箸箱も忘れずに一緒に巾着に入れて彼の目覚めを待つ
彼はまだ眠い目をこすりながらなんとかやっと起きてきた
濃い茶色のやわらかい髪は少し長めに襟足が延ばされてふわりと毛先が跳ねている
小柄な顎ラインと色素の薄い茶色の瞳が美しい
「おはよう。みあ・・・。」
冬仕様の厚手のパジャマの裾で大あくびをかました口元を隠しつつ、ダイニングの定位置につく
「おはよう。
「パンとコーヒー。」
ミアは少し怪訝な顔をして
「でもご飯炊き立てだぞ。」
と言った
「じゃあミアと一緒のでいいよ。」
「うん。」
ミアは嬉しそうにうなずいて二つの茶碗にご飯をたっぷりとよそい、そこへ目玉焼きをのせる
茶碗の中にそびえる尊厳な白い頂の上に完璧な半熟具合の目玉焼きがひとつ
ミアは両手に茶碗をひとつづつ持って、テーブルにつくと、
「あ。」
と小さくつぶやいて炊飯器の傍に忘れてきた調味料を呼び寄せた
「ケチャップー!」」
ミアが発するのはそれだけ
呪文もない、詠唱もない、魔法陣も、杖を振ることもないのに、ひとりでに赤いたまご型をした容器は浮き上がって食卓へゆっくり飛んでやってくる
「ケチャップ?」
と怜が眉を寄せるのも束の間、
ミアは白いご飯と目玉焼きが乗った茶碗の中にケチャップを注入する
「ぬぁぁっ‼」
怜がミアの行動に驚いて声を上げる
ご飯と目玉焼き、かけるのであれば怜は醤油一択だ
そこへケチャップを勢いよくかけられたものだからたまったもんじゃない
「ちょっと!なにすんの!ミア!」
「なにって、オムライスだよ。今日の僕の朝ごはんは。怜が一緒のでいいよって言ったんだろ。」
ケチャップとライスにたまご・・・・まぁ、うん、口に入っちゃえばね。そうかもね、味的にはね、まぁ、ニアかもしれ、なくも、なくも、ないか?
うーん・・・・
「どうだ。うまいだろ。最近のお気に入りなんだ。オムライス。うへへ。」
ミアがあまりにも嬉しそうな顔で『オムライス』を食べるから、怜は愛想笑いを浮かべながら『オムライス』を口に運んだ
****
午前の授業が終わり、昼休みのチャイムが鳴る
怜は弁当箱を取り出して巾着の紐をほどいた
「いただきます」
手を合わせ、弁当のふたをぱくっと開けた瞬間
じゅうぅぅぅと肉汁が鉄板を焦がす音と香りがあたりを包む
いやいや、待て待て。俺の弁当箱はプラスチックだ
けれど音と香りは留まることを知らないどころか、大きく薫り高くなっていく
ついでにぱちぱちと何かが跳ねる音まで聞こえるではないか
なんだよもう、どうなってんだよ
怜は意を決して弁当箱のふたを開ける
弁当箱はなんの変哲もないプラスチックのどんぶり状。間違いなくどこにでもある代物である
しかし、中に入っているご飯とハンバーグと目玉焼きはまるで石焼ビビンバの器にでも入れられたかのように香しい音と香りを発し、すでに湯気まで湧き上がる始末
しかしながら添えられたレタスとトマトは鮮度感たっぷりのフレッシュなみずみずしさを保ったまま熱にほだされることなくしゃきっと伸びている
「ミア・・・あいつまたなんか変な魔法かけたな。」
すぐにスマホを取り出してかけた先から聞こえたのは間延びした声
「はーい。ミアでーす。おこげ作って楽しんでる?」
「楽しめるかよ!高校の、教室で食べる弁当でおこげ作って楽しむ馬鹿がどこにいんだよ。」
「え・・・・楽しく、なかった?」
ミアの意気消沈した声に怜は少し威勢を無くして
「すいませんけど、魔法解除してもらっていいですか。」
というのが精一杯だった
これは魔法使い最後の生き残りにして<神童>ミアが手掛ける
✖奇妙な〇普通のお弁当である
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